第24話 気まずいナンパ
奈菜美が注文をしに行ってから10分ほど経った。
遅いなと思い心配するも、受付には長蛇の列が出来ているのが窓から伺えたのできっとまだ並んでいるのだろう。
そう思いながら更に待つこと10分、流石に帰って来るのが遅すぎる。
同時に尿意を感じた俺はトイレに行くついでに奈菜美を探しに行く事にした。
テラスから出るため、店内に続く扉を開けて中に入る。
以前、店内は人でごった返しており、カップルや家族連れが多く見られた。
そして店内の中心に出来た大きな列。
その先にあったのは注文を受け付けるレジだった。
列の最前列から順に見て行くが奈菜美の姿はどこにも無い。
少し焦りが出て来て、冷や汗が体からにじみ出てくる感覚が分かる。
どこだ、どこにいるんだ。
俺は必死に店内を見渡し、血眼になって探すが奈菜美の姿は無い。
白いワンピースをまとい、そして美形とも呼べるあのスタイルの持ち主がどうしてこうも見つからない。
俺が必死になって探し、店の入り口付近に言った所で男女が言い争ってる声が聞こえてきた。
もしかしたら奈菜美かもしれない。
俺はそう思い、店を出た。
「だから、彼氏が居る言ってるでしょ!」
「ほんとか~? 嘘言って逃げようとしてるんじゃねぇのか!?」
「うぅ……」
茶髪の男に怒鳴られ、うずくまる女性。
やがて、その女性はうずくまっているところを茶髪の男に手首を掴まれ、無理矢理立たされた。
「だから、俺ってテクニック凄いからさ一回ホテル行こうぜ? 必ず満足させられるからさぁ」
「嫌だ……離して……」
何を拍子抜けしているんだ、俺。
俺は目の前の光景が信じられなくて、なぜか動けなくなっていた。
だが、今はもう自我を取り戻した。
俺は急いで駆け寄り、男の手首を掴んで女性の手首から離した。
「いった、何すんだよテメェ……」
「真崎さん……」
鬼のような形相で男は俺を睨む。
だが俺も、男に負けないように睨み返し、そして奈菜美を後ろにして距離を取る。
「人の彼女に手出してんじゃねぇよ、クソガキ」
「は……? テメェみてぇなやつになんでガキなんて言われなきゃいけねぇんだよ……!」
「やってる事がガキだからだろ。気づけねぇのかよ」
俺の着ているジャケットがほんの少し後ろに引っ張られた。
後ろを見てみると、奈菜美が体を震わせて俺のジャケットを掴んでいた。
奈菜美の手首は何度か男に強い力で握られたのか、所々紫色に変色し、内出血しているように見える。
マジで許せねぇ。
「あーもう、マジでムカつく……ずっとナンパ断られてせっかく気弱そうな女見つけたのに、この仕打ち。マジで一発殴らせろやぁ!」
男はそう叫ぶと、拳を突き立てて俺に向かってくる。
対人戦なんてしたことない。
だが、今は奈菜美を守らないと。
俺は殴られても良い。
俺は奈菜美を庇うように両手を広げ、奈菜美には危害が被らないようにした。
男が走り込んで来て数秒後、男の拳が視界に入り、殴られると思い目を瞑る。
直後、鋭い衝撃が顔全体に伝わって来た。
衝撃波を受けたような衝撃。
俺はその衝撃に耐えられず、少し飛ばされてしまった。
「……真崎!」
奈菜美の声が聞こえる。
鮮明にハッキリと聞こえるため意識には問題なさそうだ。
「へっ、ヘタレが。ゴミのくせに調子乗ってんじゃねぇよ!」
男がそう言い放ったあと「嫌だ、やめて!」と奈菜美の声が聞こえた。
奈菜美を守らなければ。
だが、脳震盪を起こしているのか起きようにも上手く起き上がる事が出来ない。
俺は女の子一人、守る事が出来ないのか。
だから俺は、いつも惨めに沈んでいくのか。
俺の脳内はネガティブ思考にまた支配されかけている。
しかし、その直後に『ドサッ』という人が倒れるような音がしたと思ったら、目の前に先ほどの茶髪の男が倒れている。
「大丈夫ですか! 池端さん!」
あまりあかない目を無理に開け、周囲を見渡すと金髪の大学生ぐらいの青年が走り込んで来るのが見えた。
どこかで見た事のある顔、そうだ、一緒に坂本代表を助けた人だ。
確か名前は中野さんだったはず。
「ああ、問題ない。だが、多分脳震盪を起こしてる、ちょっと手を貸してくれないか」
中野さんは俺に手を差し出し、その手を掴み俺はなんとか立ち上がる。
次第に視界がハッキリとしてきて、周りを見てみるとかなりのギャラリーが集まっており奥の方には駆け寄って来る警備員の姿も見えた。
「真崎さん……大丈夫なの……?」
泣きながら近寄って来る奈菜美。
俺は頭を軽くなで「大丈夫だよ」と言った。
「ごめんなさい、僕の友人が迷惑を掛けました……とりあえず場所を変えませんか……? かなり人も居ますし」
中野さんの提案で俺たちは移動した。
アクアシティを出て、外に設置されたベンチの前に俺たちは集まった。
「それで、誰なんだよあいつ」
俺は移動して早々、中野さんに迫る。
だが、中野さんは怖気ずに口を開く。
「はい、あれは僕の高校時代の友人です。僕は高卒で最近は投資をしてお金を稼いでいるのですが、彼は大学に行きました。名前は
奈菜美は警戒しているのか、移動中もずっと俺の後ろに張り付きジャケットの袖をそっと握っている。
中野さんを悪い人間だと思っているのか先ほどの恐怖がまだ残っているのか分からないが、奈菜美の体は未だに震えている。
「そうか、なるほどな」
「本当にごめんなさい、僕が彼の替わりに謝罪します。彼女さん、そして池端さん、ごめんなさい」
中野さんは俺と奈菜美の正面に立つと、体を90度曲げ、謝罪した。
別に彼は何も悪い事はしていない。
それなのに、ここまで礼儀正しいというか仲間思いというか。
だが中村、お前はマジで許さねぇ。
「もう、彼とは縁を切ります。元々仲も良くなかったですし、女癖も悪いですから。ほんと申し訳ないです」
「どうしてそこまで謝る。まあ、奈菜美に手を出したのは本当に許せないが、別に中野さんがしたわけじゃない。君は優しすぎる」
中野さんは「いやでも、許されないことをしたのは事実です」と暗い表情でそう言う。
まあ今回は彼の誠意を認め、許すとしようかな。
「分かった。全然許すけど、もうあいつを近づけさせないようにしてくれ」
俺がそう言うと中野さんは「精一杯努力します」と頭を下げ、「本当にごめんなさい、ちょっとこの後用事があって……」と気まずそうな表情をしていたので「ああ、そうだったのか。こちらも引き留めて悪かった」と言い、中野さんと別れた。
中野さんが居なくなり、安心したのか後ろに居た奈菜美がそのまま抱き着いて来た。
「……怖かった」
ボソッとそう呟いた彼女の声は震えており、そしてとても弱々しかった。
俺は奈菜美を引き離し、奈菜美と一緒にベンチに座る。
「ごめんね、もっと早く気づけば良かった」
俺は奈菜美に頭を下げた。
本来ならもっと早く気づくことが出来たと思うし、根本的に考えて俺も一緒に注文をしにいけば奈菜美はそもそもナンパはされなかった。
俺が奈菜美に甘えた事によって起こってしまった事故。
甘えてなければ防げたと考えると心が苦しくなる。
「……違うよ! ……それは違う。そもそも私が嬉しくなって真崎さんと一緒に注文しに行けば良いのに、一人で行ったから私の自業自得なんだよ……それに! 真崎さんに怪我させちゃったし……うぅ……」
奈菜美は我慢の限界だったのか、また涙を零し、俺の方に寄って来る。
だが、抱き着こうとはせずにそっと俺の手を取る。
「私、真崎さん以外の男の人に手首掴まれて本当に怖かった。晴が言ってたように本当に気持ち悪いし、何より怖い。晴の気持ちが分かった気がする」
大粒の涙がスカートに落ちる。
スカートに大きなシミが、出来るがそんなものはお構いなしに奈菜美は泣き続ける。
「でもね、真崎さんが来てくれた時嬉しかった。殴られた時は真崎さんが死んじゃうかもって思って涙が止まんなかった。でも、あの時の真崎さん、凄くカッコ良かった。私を守ってくれて、ありがとう!」
奈菜美は満点の笑顔でそう言い、俺に軽く抱き着いた後、自ら俺から離れた。
「その、俺も奈菜美が他の男に連れ去られそうになってて、凄い怖かった。心情が変化して来てるんだと思う。奈菜美が俺の家に押しかけて来た時は、あくまでも『推し』としか思わなかった。でも、今こうやって他の男に体を触られたりしてるのを見ると、吐き気がして、本当に不快な気持ちになった。多分、俺の中で奈菜美に対する気持ちが推しに対する『好き』じゃなくて、人として『好き』になってるんだと思う」
俺は奈菜美に対する気持ちをぶつけ、最後に大きく息を吸い、奈菜美の方を真剣な表情で見る。
「だから、改めてだけど俺と真剣に付き合ってほしい。坂本奈菜美さん」
心臓が高鳴り、自分の脈打つ音が鮮明に聞こえる。
ドキドキが止まらなく、手も震えているだろう。
そしてなぜか、緊張の他に恐怖という感情が込み上げてきた。
なぜだろうか、この後の答えが怖い。
だが、前に進まなけらば何も始まらない。
俺は震える手を奈菜美の前にそっと差し出した。
「もう、手震えてるじゃないですか……」
奈菜美は涙を零しながらも、俺の手をそっと握る。
「でも、嬉しいですよ。最初は乗り気じゃなかった真崎さんがここまで心を入れ替えてくれて、私の為にいろんな事してくれて、本当に私、毎日が楽しいです」
奈菜美は俺と目を合わせると、また『ニコッ』と笑い
「これからもよろしくお願いしますね! 真崎さん!」
と言い、俺に抱き着いた。
俺は彼女を受け止め、そして涙を流した。
気づけば空は暗黒、だがその中にはなぜか光がある。
東京の夜、ビルの明かりで星なんて見えないはずなのに、輝いているものが沢山見えた。
奈菜美は俺から離れるとベンチから立ち上がり、そして手を差し出してくる。
「えへへ、結局ご飯食べられませんでしたね。適当にコンビニにでも寄りますか!」
俺は彼女の手を掴み、ベンチから立ち上がりその手を握りしめる。
「そうだな、たまにはコンビニでも良いかも」
そして俺たちは幸せそうに恋人繋ぎをし、明かりが強くなるお台場の町に消えて行った。
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※終わりません、もう少し続きます。
あとせっかくの機会なので、いつも誤字報告助かってます、ありがとうございます。
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