第23話 ペットショップとハンバーガー
目的地のお台場海浜公園駅に着いた。
奈菜美の肩を摩り、奈菜美を起こしてモノレールから降りた。
奈菜美は少し眠気があるのか、ふらつきながら俺と手を繋ぎ歩く。
俺の肩を支えにしながら歩く奈菜美の姿は、ドラマで見るような女優そっくりだ。
いくらサングラスで目元を隠しているからと言っても、奈菜美のスタイルの良さには目を惹くものがあるのか、行く行く人たちが視線を向ける。
そんな物には気にせず、奈菜美は目が覚めたのかぎゅっと俺の手を握った。
「えへへ、私、最近凄く幸せです」
奈菜美は嬉しそうに話しながら、そっと俺の腕に抱き着いた。
「なんでそんなに嬉しそうなんだ?」
「だって最近、真崎さん優しいし私のお願いもほとんど聞いてくれるし。真崎さん、私がわざとキスしかしないようにしてるのに無理矢理襲ったり『S〇Xしたい』とか言わないんだもーん!」
さらっとえぐい事を口走る奈菜美。
まあ確かに、最近は杏里さんの事で一悶着あったし、もし歯向かったら内定を取り消されるかもしれないという恐怖もあったから拒絶出来なかったんだよな。
だが、わざとキスしかしていないのか。
今度、襲う演技をしてみようかな。
俺は「そっか……まあ、俺は奈菜美が喜んでくれればそれで良いよ」と苦笑混じりでそう言葉を返した。
抱き着く力が強くなり、さらにべったりと奈菜美がくっついてくる。
まるで俺の事を「私の物!」だと主張するように。
だが、それが逆効果になっているのか、もの凄い視線を感じる。
俺が「何か、凄い視線を感じるんだが?」と奈菜美に投げかけてみても、奈菜美は「だって真崎さんイケメンですもん、当たり前じゃないですか!」と言われてしまった。
まあ、彼女にイケメンと言われるのは良い気分だが、何だかお世辞に聞こえてしまう。
お台場海浜公園駅を出て、奈菜美と談笑しながら歩き、着いた場所は『アクアシティ』
ここはゲーセンや古き良き年代物の自販機やゲーム機が置いてあったり、他にはアニメグッズが売っている店などがある、複合商業施設。
俺は都民だが、人生で一度も来た事がないというかお台場自体が久々。
テレビで見たことはあるが、店内までは見たことが無い。
奈菜美の案内により店内に入っていく。
シーサイド側の入り口から店内に入店し、入って早々コンビニとペットショップに出迎えられた。
「真崎さん、私、ワンちゃん見たいです!」
「お、良いね。見ようか」
奈菜美は抱き着いていた俺の腕を解放すると、そのままちょこちょこと小走りでペットショップに消えて行った。
俺はスマホを開き、時刻を確認して、奈菜美を追った。
「さて、奈菜美はどこだ……?」
周囲を見渡すも、奈菜美の姿は見当たらない。
どこにいるんだと思い、探していると何匹もの犬や猫たちが飾られているショーケース前にその姿はあった。
展示されている犬や猫の数は少なく、どちらかというと犬などと遊ぶためのおもちゃの方が数が多い。
奈菜美は目を輝かせながら一匹の犬の前で止まっていた。
「そいつが好きなのか?」
奈菜美が虜になっていた犬種はマルチーズ。
白色の体毛をまとい、目がクリクリとしていてとても可愛い。
だが、他にもヨークシャーテリアやコーギー、スコティッシュフォールドなどの猫も居るのに奈菜美は一匹のマルチーズから離れず、マルチーズにしか興味が無いようだった。
「うん、私、もし犬を飼うならマルチーズって決めてるんだ!」
「そうなのか、でもなんでマルチーズなんだ?」
「え、一目惚れ」
案外簡単な理由で俺は拍子抜けした。
もっとなんか「実は昔おばあちゃんがマルチーズを飼っててね……」とか「お父さんがマルチーズ好きって言ってたから……」とかもっと重い理由があるのかと思っていたが、案外安直な人間なんだな。
「じゃあ、買えば良いじゃん。奈菜美、金はあるだろ?」
俺がそう聞くと奈菜美は「あそこ、ペット禁止だからさ……」と悲しそうに言った。
少し遠目で店員さんがこちらを見ている。
すると奈菜美は「マズい、押し売りされる! 真崎さん行くよ!」と俺の腕を強引に引っ張りペットショップからそそくさと姿を消した。
少し走ったせいか息が切れる。
おじさんは少し走るだけですぐ息切れしてしまう、そんな生き物だ。
一方で奈菜美はアイドル時代の遺産かそれとも若いからか知らないが、全く息は切れていない。
「ふぅ~、危ない危ない」
「逃げることなかっただろ」
俺は半笑いになりながらそう言う。
「いやぁ、私押しに弱いからさ。前にあそこじゃなくて、違うペットショップに行った時にマルチーズ見てたら『この子どうですか!』って凄い押されちゃってさぁ、危うく買うとこだったんだから」
奈菜美は「だから、真崎さんも押し売りにあったらすぐ逃げるんだよ!」と頬を膨らませながらそういう。
俺は頷きながら「分かった」と言い、共に歩き出す。
エスカレーターを使い、3階に来た俺は奈菜美の案内によりハンバーガー屋に入った。
どうやらここがお目当てのお店らしく、俺は他のお客さんとは違う外のテラス席に案内された。
奈菜美が良い席で食べたいということで、テラス席を予約していたらしい。
幸い、今日は風がほとんど吹いておらず、感じるのはそよ風程度の弱い風。
設置されているメニュー表を取り、俺はメニューを確認する。
ハンバーガーはレギュラー、チーズ、ダブルチーズ、アボカドの計4種類で、他にもロコモコやナチョス、ホットドッグなどがあった。
ドリンクメニューを見てみると、見た事も聞いたことも無い酒があったりとかなり興味を持ったが、多分この後に俺は今日もキスをする。。
酒を飲んだ後にキスをするのは20歳ではない奈菜美にとって悪影響。
今日は家に帰って奈菜美が寝た後に、一人でゆったりと楽しむことにして俺は我慢した。
奈菜美は注文が決まったようで、俺もチーズバーガーにしようと思った。
「真崎さん、何食べますか?」
「ん、俺はチーズバーガーかな」
「分かりました。ここの注文方法、ちょっと特殊で中で頼まないといけないんですよね。私、頼んできますけど、他に何か食べたいものはありますか?」
俺が「大丈夫かな」と伝えると奈菜美は「分かりました、頼んできます」と言い、席を立った。
改めて周りを見渡してみるが、店内は凄く込み合っていて座る席が無いほどギチギチだった。
だが、テラス席はというと所々空いていて座れそうな席も10席ほどあるように見える。
まあ、普通に入店している客は全部店内の席に座らされていたから、空いている席は予約席なのだろう。
暗くなった空、なぜかこれを見るだけで不安になってしまう。
花園電機に勤めていた時はもっと真っ暗な空で、これくらいの暗さの時はまだ仕事中。
栄養ゼリーをひたすら飲み、印鑑を押したり、書類をチェックするという光景がフラッシュバックする。
きっと、会社を辞めてすぐの俺だったら取り乱していただろう。
だが、今の俺には心の支えになる彼女がいる。
俺はそっと闇に染まった夜空を見上げ、奈菜美の帰還を待った。
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