第22話 外食
6月も終わり、7月の初め。
俺はというと、ここ1週間ほど奈菜美のマンションに居候している。
というか、居候しても良いから一緒に居たいという奈菜美の熱い要望に応えている最中だ。
まあ、杏里さんとの一件があった以降、俺はほぼ奈菜美と一緒に生活している。
別に監禁されてるとか束縛が激しいなどの不満はや恐怖は一切無い。
なんなら、俺の好きな時に好きなところに行かせてもらえるし、むしろこんな広々とした清潔感のある部屋で生活させてもらえる事に感謝したいぐらいだ。
まあ、だが強いて不満があるとするならば、毎晩キスをしなければいけないことぐらい。
キスが出来るなら良いじゃん!と思うかもしれないが、逆にキスしかしないため俺はずっと欲を我慢しなければならない。
キス以上の事は今まで一回もしたことは無い。
「真崎さ~ん! ただいま~!」
大学から帰宅した奈菜美が俺に抱き着いてくる。
今日も変わらず大きな丸眼鏡をかけ、髪の毛も一本でまとめたポニーテール。
服装も少し質素なもので、白のセーターと青のジーパンというなんともシンプルなファッション。
俺は奈菜美を受け止め、そして奈菜美に応えるべく抱きしめた。
「おかえり、今日は何かあったか?」
俺は奈菜美の髪を撫でながらそう聞く。
「んー、今日は特に何も。あーでも、晴が『お兄ちゃんに会いたいなー』ってぼやいてた」
奈菜美は俺から離れると「私、もしそういう事が起こったら、たとえ兄妹でもある晴でも許さないからね」とかなり低い声でそう言われた。
目つきも厳しくし、念押ししている感じがする。
俺は「そんな事はしないから、安心して」と甘い声で奈菜美にそう言った。
奈菜美は「まあ、真崎さんはそんな事しないと思いますし?」と皮肉の混じりの言葉をぶつけ、脱衣所に消えて行った。
俺はリビングに戻り、適当なテレビ番組を見る。
夕方のニュース、エンタメ、アニメと俺の興味を引く番組はやっていない。
番組を見る気にもなれず、俺はテレビを消してキッチンに立った。
最近は、一日交代でご飯を作りあっている。
と言っても夜ご飯のみで、朝ご飯は俺が早起きして作り、ついでに弁当も作ってあげている。
奈菜美は「それは流石に悪いよ……」と言っていたが、まあ暇だし、作るのも悪い気はしないため善意で作っている。
今日は何にしようか。
そう思いながら冷蔵庫を開け、食材を漁っていると着替えを終えた奈菜美が俺に話しかけてきた。
「ねえ、真崎さん」
「ん、どうした? 料理のリクエストか?」
奈菜美は恥ずかしいのか体をモジモジとさせている。
俺は不思議に思いながらも奈菜美の話を聞く。
「いや、その、料理はそうなんだけど……今日はどっか外食したいなって思って……」
なるほど、そういうことか。
確かに奈菜美の着ている服を見てみれば、部屋着ではなく白のワンピース、肩から白のショルダーバッグをかけ、髪型も楽なポニーテールではなくしっかりと整え、フワッとした感じのロングヘアになっている。
多分だが、ヘアアイロンで髪の毛を巻いたのだろう。
正面に垂れた長い髪の毛が丸まっていることが分かる。
「全然俺は良いけど、どこに行くんだ?」
「えっと、目星は付けてあるからさ、真崎さんも早く着替えてよ」
俺は奈菜美に用意してもらっていた外出用の服に着替え、財布を持って奈菜美と一緒に外に出た。
~~~
外に出た俺は、奈菜美の案内により最初は巣鴨駅に来た。
しかし、改めて思うと奈菜美は凄い人間だと思う。
俺の今着ている服は全て奈菜美が選んだ物。
どれの服もそうだが、完璧に俺に似合っていて鏡を見た時自分でもカッコいいと思ってしまうほどのものばかり。
最近は奈菜美の勧めにより、ヘアオイルをつけるようにして、外に出る時はワックスで髪を整えるようにしている。
ワックスのつけ方は未だ分からない部分が多く、奈菜美に手伝ってもらっているが今日は一人で出来た。
洋服の方も、最近暑くなってきたのに合わせて半袖や長袖を使い分けていたが今日は少し肌寒い日。
なので今日着て来たのは、無地のTシャツ、その上に黒のサマージャケットを羽織り、ズボンは黒のスキニーという肌寒い日にぴったりなほんの少し厚着な服装。
奈菜美によるとこのサマージャケットの襟は、テーラード襟というもので大人感が増すという。
まあ、何が違うのか俺にはサッパリだが奈菜美が喜んでくれるのならば何でも良い。
そう思いながら俺は歩く。
改札を抜けホームに行く。
ホームに行き、ちょうどやって来た山手線に乗り、新橋駅で降りた。
山手線の車内は帰宅ラッシュ第一陣と被っており、とてつもない込み合いだった。
座ることなど到底出来なくて、尚且つ奈菜美ともはぐれそうになった。
だが、お互いにはぐれると察したのか、あえて反対側のドア付近まで突き進み二人で端の方で立っていた。
人と人がぶつかり合い、そして圧迫される車内。
新橋に着くまでの20分間、俺と奈菜美はほとんど抱き合った状態になっていた。
新橋駅に着き、なんとか車内から脱出する。
奈菜美は電車から降りるや否や、いつもの変装サングラスをかけ俺の手を握る。
「次はモノレールです。早く行きましょう」
俺は奈菜美の手を握り、奈菜美に引っ張られるようについて行く。
ホームを移動し、やって来たのはモノレール乗り場。
『ゆりかもめ』という豊洲方面行のモノレールが来るホーム。
豊洲方面、東京湾に面する方角で人気の観光スポットなどがある場所はお台場など。
多分、お台場に行ってご飯を食べた後は適当に海岸沿いを歩き、デートでもするのだろう。
3分ほど待ち、モノレールが来た。
二人で乗り込み、ちょうど空いていた席に座る。
山手線と違ってゆりかもめは比較的空いていた。
それでも、他の時間帯と比べたらかなり混んでいる方だと思うが。
「ふぅ、歩きっぱなし立ちっぱなしで疲れました」
「だな、それで多分だけどお台場だろ? 行くの」
奈菜美は「げっ……なんでバレるんですか……」と言いバツが悪そうな顔をした。
「もう、着くまでのお楽しみにしててほしかったのにぃ!」
「あはは、ごめんごめん。ゆりかもめ乗るって事はお台場かなって思っちゃったからつい……」
「まあ良いですよ、もう」
そう言い俺の肩に顔を置く奈菜美。
二人掛けの席、二人用だけあって広いスペースがあるはずなのに、奈菜美は俺にくっつきたいのか距離を詰める。
服越しに肌と肌が触れ合い、感じないはずの暖かさが思い込みかもしれないが感じる。
少し出た肌に奈菜美の肌が触れ、肩がくすぐったい。
斜め前に居る大学生と思われるカップルが、俺たちを見て楽しそうに話した後、俺たちの真似をするかのように女性が男性の方に顔を置き、目を閉じた。
何だかあのカップルを見て思うが、幸せそうな二人を見るとこちらまで幸せを感じてしまう。
きっとあのカップルも同じことを思い、幸せを感じ、そしてさらに強い幸せを感じたのだろう。
そんな風に思っていたところ、不意に寝息が聞こえてきた。
奈菜美の顔を見てみると、疲れていたのか幸せそうにスヤスヤと眠っている。
きっと大学の授業で疲れたのだろう。
それにしても、この子は本当に良く寝る。
そんな姿も可愛らしく、そしてそんな彼女を見るのが俺の今の生きがいだ。
俺はお台場に着くまで奈菜美を寝かせる事にして、そっと窓から見える景色に目を移した。
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