第13話 兄妹
「じゃあまず一つ目だ」
「うん」
「一つ目は俺、就職する」
「えっと、仕事見つけたってこと?」
晴は不思議そうに思っているトーンではなく、真面目なトーンで聞いて来た。
確認の為に聞いたのかと思いながら俺は話を続ける。
「そうだ。えっと、もう全部さらけ出すけど奈菜美の両親が居ないことは知ってるか?」
晴は「えっ! そうなの……?」と驚いた様子で言ってきた。
「ああ、奈菜美本人が言っていた」
「私、奈菜美にお父さんの愚痴とか言いまくってた……今度謝っとこうかな」
晴は少し気まずそうな顔をしながら俯いてしまった。
多分、今まで相当親の愚痴を言っていたのだろう。
それだけ愚痴りたくなる親だから、分からなくはないがきっと今までの事を思い返して反省しているのだろう。
「話を戻すぞ。それでさっき言った通り奈菜美には親が居ない、それで変わりに育ててもらったのがおばあちゃんなんだ」
「ふむふむ」
「それで、ちょっと話が逸れるが奈菜美と出会ったきっかけがそのおばあちゃんなんだ」
晴は話が変わったせいか少しついてこれていなさそうな顔をしていたが、俺は足を緩めずに話を続ける。
「一週間ぐらい前、俺は奈菜美のおばあちゃんを駅で助けたんだ」
「えっと、はいはい」
「それで、おばあちゃんを助けたお礼を奈菜美が持ってきた」
「ほいほい」
「それで、そこで求婚された」
「うん、全然意味わかんない殺すよ?」
晴はちゃぶ台に上半身を乗り上げて、俺の胸ぐらを掴んだ。
晴は殺意に満ちた目で俺を見ていたが、そんな晴に怖気づかず、俺は真剣な表情で晴を見た。
晴は俺がふざけていないことを察したのか掴んでいた胸ぐらを離し、ちゃぶ台からも体を降ろした。
「まあ、詳しく言うと少し話して求婚された。でも、俺が仕事をしていないことを理由に求婚を断ろうとしたら、仕事を紹介されて求婚抜きで会社に欲しいって言われたって感じ」
晴は「ほーん」と少し考えるような素振りをした後、理解できたのか俺の方に歩いてきて「お兄ちゃんは結婚するの?」と上目遣いで聞かれた。
なぜか目力が強く、顔は笑っていたが目に光は無かった。
遠回しに結婚するなと言われている気がしたが俺は「結婚はまだ考え中」とだけ言った。
これで話が終われば良いが、話はまだ残っている。
「それでだ、二つ目の話なんだが奈菜美と付き合えば給料をアップすると言われた」
「は? 何円ぐらい?」
「10万」
「……」
晴は顔をぐしゃぐしゃにしながらなんとも言えない唸り声を出した。
晴も金に目が眩んでいるのかわからないが唸り始めてからずっと難しい顔をしている。
まあ俺も金に目が眩んで一瞬即決しそうになったし、なによりこの10万という金額は若い俺らからしたら凄くデカい。
悩んで当然と言った所だろうか。
「……いいよ」
返事が無く、またどうしようかと悩んでいると小さな声が聞こえた。
晴の方を向いてみるといつの間にか下を向いていた晴が俺の服の袖をぎゅっと小さい手で握っていた。
「いいのか?」
「……うん、お兄ちゃんが離れていっちゃうのは嫌だけど、でもお兄ちゃんもそのうち結婚とか考えないといけない年齢だし、お兄ちゃんの自由もある。まあそれに、結婚じゃなくてお付き合いだったら私は全然お兄ちゃんの自由にしてほしいな。私としては奈菜美だったら、安心する」
晴は少し寂しそうな声でそう言った。
その声は少し震えていて、唇を噛み締めて凄く悲しそうな顔をする晴。
そんな晴を見ていると昔を思い出してしまう。
テストの点が悪くて父さんに怒られている晴、そんな晴を助けることは出来ず、ただ遠くから見守り、慰めることしか出来なかったあの頃と同じ顔をしている。
俺も、晴もきっとあの時と同じ顔をしているだろう。
「お兄ちゃん、私シャワー浴びてくる」
「あ、うん……」
晴は俺には顔を見せずに、そのまま立ち上がると小走りで風呂場に向かった。
風呂場に向かう晴の背中が、少し寂しく、そして小さく見えた。
「まあ、あんだけベタベタしてたら悲しいよな」
晴には聞こえないように小さくぼやいた後、俺はシンクの中にある残った皿を洗い始めた。
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