第12話 予想はしていた

 「まあ、察してはいましたよ」

 「あ?」


 急に口を開いた奈菜美に驚き、少し声が漏れた。

 顔を上げ、着けていた丸眼鏡を外しポニーテールで一本にまとめていた髪もほどいていた。

 美しい顔面とつやつやの髪の毛に魅了されながらも、俺は平静を装いながら話をする。


 「晴の苗字が池端、真崎さんの苗字も池端。まあ、珍しい苗字ではありませんがもしかしたらとは思っていました」

 「だったら事前に連絡ぐらい入れれただろ」


 奈菜美は少し甘えた声で「そんなんじゃ面白くないじゃないですか~」と俺を煽って来た。

 少しムカつきもしたが、なんだか奈菜美のアホ面が面白くて少し笑ってしまった。

 

 「何笑ってるんですか!」

 「いやごめん、なんか必死に俺を煽ろうとしているアホ面が面白くて……ふふっ」

 「もう、なんなんですか」


 しかし、改めて見ると大学ではかなりしっかりと変装しているんだな。

 昼会った時と比べるとだいぶ質素な感じがする。

 だが、昼との変装のレベルを比べると今の方が圧倒的に上だ。

  

 大学内でこの服装にサングラスは目立つ。

 だから丸眼鏡をかけ、髪も艶が目立たないように一本で結び、服もダサくはなく目立ち過ぎない服装でしっかりと変装できている。


 「てか、昼とは変装のレベルが段違いだな」

 

 奈菜美は「当たり前ですよ。大学でワンピースなんて着れたもんじゃありません」と強めの口調でそう言った。

 まあ、言われてみれば俺が大学に通っていた時も白のワンピースを着ている女性は誰一人として見た事が無かった。

 

 「そもそも、大学では私が虹ノ夢の人間だとは絶対にバレたくないんです」

 「ほうほう、まあバレたら大変だしそれこそマスコミも食いつくだろうな」

 

 マスコミに食いつかれたら、大学に取材が殺到して迷惑をかけたという口実で最悪退学と言う可能性も無くは無いか。

 それに、恋人になろうと迫ってくる人間も出てくる可能性もある。

 俺が奈菜美の立場だったら、集中して大学に通えないな。

 それを考えると、奈菜美は精神が強い人間なのかもしれない。


 「まあ一番面倒なのはマスコミですね。だから、今は晴には私が虹ノ夢だったってことは言わないでくださいね? 正直あなたに虹ノ夢だったことを言ってしまったのは誤算でした」

 「まあ、安心しろ。そういう約束事はちゃんと守るから」

 

 奈菜美は「ありがとうございます」と言い立ち上がった。


 「なんだ、帰るのか?」

 「もうすぐ8時回るので。おばあちゃんが少し過保護で決まった時間に帰らないと心配しちゃうので」

 「なるほどね。気を付けて帰ろよ」


 奈菜美は身支度をして、また変装すると「それでは、良い報告を待っています」と笑顔で家から出て行った。

 なんだか面白い一面を見れたと思いながら晴の方を見てみると、やはり起きていた。


 「奈菜美帰った?」

 「ああ、帰ったよ。てか、驚いたりしないんだな」

 「私、虹ノ夢とか興味無いし。興味あるのはお兄ちゃんだけだもん」


 ベッドから降りて俺に抱き着いてくる晴。

 そんな晴を引き剝がし、俺は奈菜美の食べたオムライスの食器をシンクに持って行く。


 奈菜美には晴の眠りが深いと言ったが、それは嘘だ。

 いや、正確には眠りは深い。

 だが、晴は俺の声を聴くと瞬時に起きるという意味の分からない特技を持っている。

 その特技のせいで、今回も俺と奈菜美のやり取りを最初から聞いていたという事になる。


 「もう、奈菜美と関係があったなら最初から言ってよね!」

 「仕方ないだろ、昼に会った時と服装が違い過ぎたんだ」


 シンクの前で皿を洗っている俺に対して、晴は後ろから抱き着いてくる。

 一応厳しい環境の中育てられたはずなんだが、どうしてここまでブラコンを拗らせてしまったのだろうか。

 俺が一人暮らしを始めた2年前から晴のブラコンが拗れてしまったのかもしれない。


 俺は大学を卒業するまでは実家暮らしで、大学卒業と同時に花園電機の近いこの家に引っ越した。

 実家で暮らしている間、晴とは常に一緒だったからか、俺が一人暮らしを始めて離れた途端スキンシップが激しくなった。


 一緒に暮らしている時はお互いに学業が大変だったせいか、話すことはほとんど学業に関する話題。

 そんな中、学業にしか口を出してこない腐った親から逃げ出せる俺の住むアパートという安楽の地が出来た。

 それによって、溜まっていた甘えが一気に爆発したのだろう。

 

 「てか、なんでお兄ちゃんは奈菜美と関わりがあったの? そこら辺ちゃんと詳しく教えて」


 なんだが俺を抱き締める力が強くなった気がする。

 俺は洗い終わった皿を食器置きに置いてタオルで手を拭いた後、晴とちゃぶ台の前に座った。

 なんだか目線が怖いが、俺は話を始める。

 

 「今日晴を家に呼んだのは、その奈菜美についてだ」

 「あ、そーなんだ。それで、どうしたの?」


 晴は俺の腕を抱きかかえながら話をする。

 いつも以上にベタベタしてくる晴に疑問に抱きつつも俺は奈菜美の事について話す。


 「まあ、単刀直入に言うと奈菜美に求婚された」

 「は……? きゅう……こん……?」

 「そう、求婚」

 「植物の種じゃなくて、結婚に関する方……?」

 「結婚に関する方だ」


 晴は下を向いて黙り込んでしまった。

 抱きかかえていた腕がスンと下に落ち、晴はそのまま動かない。

 

 「ちょっと、晴?」

 「……やだ」

 「え?」

 「お兄ちゃんいなくなるのはやだぁ!」


 晴はそう叫ぶと俺の目の前に回り、俺の胸の中に顔を埋めた。

 泣いているのか「ひっぐ……ひっぐ……」と泣くときに聞こえるしゃっくりが聞こえる。

 俺的には「童貞で彼女も出来た事がないお兄ちゃんが求婚……?プークスクス」的な感じで煽られると思っていたのだが、まさか泣かれるとは。


 俺は慰め方が分からず、きょどりながらも晴の頭を撫で続けた。

 サラサラとした髪が滑って、とても撫でやすい。

 髪を撫で続けて「何か気に障ったか? 晴、ごめん」と謝っているが泣き止む様子は無い。

 どうしたものかと困っていると、突然晴が小声で「抱きしめて……」と言ってきたので俺は言われた通り晴を抱きしめた。 


 「ごめん、何かお兄ちゃんいなくなるって思っちゃって取り乱した」

 「いや、俺も急に言って悪かった。ちゃんと経緯を追って説明するべきだった」


 晴は俺の胸元から離れると、涙を拭くためか目元を拭い立ちあるとちゃぶ台を挟み、向かいにある座布団に座った。


 「話すことは二つある、気になった事があったら口出ししてくれ」


 俺は晴の方を真剣な表情で見ながら、話を始める事にした。

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