第9話 久々のご対面

 「おわっ! 諭吉さーん!」


 諭吉さんとの久々の再開に俺は歓喜のあまり声を出してしまった。

 その声に反応してか奈菜美がちょこちょこと歩いてくる。


 「どうしたんですか?」

 「見て見ろよ! タンスの奥から諭吉さんが出て来たんだ!」

 「えっ、凄い、久々に見たかも」


 そう、この諭吉さん、もう印刷されていないのだ。

 というのも、2024年から札類の表紙の人物が変更されて一万円札は【日本の資本主義の父】と呼ばれていた偉人、渋沢栄一に変更されてしまったのだ。

 だから、諭吉さんを見る機会は凄く少なくなっていたのだが、ここで再開できるとは思わなかった。


 「奈菜美、この後暇か?」

 「えっ、なんでですか……?」

 「なんでって、飯食いに行くからに決まってるだろ」


 奈菜美は「あ~なるほど」と納得した様子でスマホをイジリ、少しした後「行けます!」と可愛らしい笑顔でそう言った。

 その笑顔はテレビで見るような作り笑いではなく、しっかりとした作られていない自然の笑顔。

 俺は優越感に浸りながら「それじゃ行くか!」と奈菜美に声をかけて、アパートの扉を開けた。


 ~~~

 

 電車に乗り、やって来たのは五反田駅。

 花園電機の本社が五反田駅の近くにあったため、働いていた時は毎日のように来ていた。

 そのため土地勘もあり、駅周辺の飲食店に関してはマスターしたと言っても過言ではない。

 

 今日はその中でも特に美味い焼肉を食べに来た。

 もちろん予算は諭吉さん一人で収まる場所だ。

 

 五反田駅を西口から出て、歩く事5分。

 少し錆びれたビルの一角に、木製の看板が吊るされている。

 俺はその下の木製の扉を開けて中に入った。


 「ふーん、まあ落ち着いた感じで臭くも無いしデートにはピッタリなんじゃないですか?」


 入店して早々、一緒に来ていた奈菜美が不満そうに口を開いた。


 「悪かったな、生憎俺はこんなにも可愛い女の子とデートなんてしたことなくてね」

 「ふふっ、可愛いだなんて。まあ? 今回はそれで許してあげます」


 可愛いと言ってもらえたことが嬉しかったのか、奈菜美は嬉しそうに店員について行く。

 女の子の気分取りは本当に難しい。

 それを身に実感しながら俺も店員について行った。


 案内されたのは入り口からは離れた店の際の席。

 個室になっていて、中に入ると中央に二人で囲えるほどの小さなテーブル、そのテーブルには肉を焼くための網が埋め込まれていた。

 網の中にはしっかりと炭が入れられていて、天井には煙を吸うための換気扇も設置されていた。


 「まあ、最初のデートで焼肉は私としてはバッドですが、童貞ですもんね? 仕方ありません」

 「童貞なんて一言も言って無いんだが?」

 

 奈菜美は「そんなの行動で分かりますよぉ」と煽り口調で俺に言う。

 この見た目は大人、中身はメスガキ。

 分からせてやりたいが奈菜美が言うように童貞だし女性経験もゼロ。

 何も反撃が出来ない。

 「そんなに言うなら結婚の話は無しだ」と強く出る事は出来るが、それをすると仕事の話が無くなってしまう可能性がある。

 

 ここはぐっと堪える事にして俺はメニュー表を手に取った。


 「二人用のメニューで良いか?」

 「私、分かんないんでリードよろしくお願いしますね?」

 「あ、おっけ」

 「ふーん、まあこっから私好みの男性に染め上げるので今は何でも良いです」


 奈菜美は頬を膨らませて不満そうな声を漏らした。

 私好みに染め上げる……

 女の子の言う事は全然分からない。

 

 染め上げるってどんな意味を込めて俺に言ったのだろうか。

 普通に色で塗りつぶすのか?

 ってそんなの直訳しただけで、流石に違う事は俺じゃなくても誰でも分かる。

 じゃあどんな意味なんだ。

 

 まあ妹に聞くのが安パイか。

 

 店員に二人前のセットメニューを頼み、商品が来るまで適当に雑談した。

 まあ、俺が喋るたびに「なんで女の子の気持ち分かんないんですかね……」と呆れられていたが「分かんないんだから仕方ないじゃん!」と涙目で訴えた。

 訴えたら訴えたで「そんな姿も可愛いですよ」と満面の笑みで言われた。

 もう、本当にどうすれば良いんだ。


 俺が奈菜美の攻略に困っていると料理が運ばれてきた。

 

 二人前の特上カルビ、特上サガリ、岩塩と特製タレで味付けした丸ホルモン、特製味付けタン、最後に本日の希少部位という内容。

 今日の希少部位トモサンカクという部位で、後ろ脚の付け根部分にシンタマという部位があり、シンタマを4種類に分けたうちの一つがトモサンカクというらしい。

 トモサンカクはとてもお高く100g5000円もする高級品だ。


 そんなトモサンカクを頂けるなんて、光栄極まりない。

 前に来た時に一度だけ食べた事があるが、見た目は赤みが強く脂身が少ないため一見すると焼いたときに硬くなったり、肌触りが悪くなってしまうかもしれない。

 だが、見た目に反してとても柔らかく赤身の味も強すぎずあっさりとしていてとても美味しい。

 

 トモサンカクはトリにするため残し、俺は特上サガリを網の上に置いた。

 「パチパチ」と肉が焼け始める音が聞こえる。

 その音に癒されながら、ふと前を見てみると奈菜美は美味しそうにセットメニューのシーザーサラダを頬張っていた。

 

 「あ、私のために焼いてくださいね」


 サラダが来てからずっと食べていたのか、容器の中にはもうレタスとトマトの姿しか見えなかった。

 きっと温玉を崩し、絡めて食べたのだろう。

 レタスには黄身が付着しているのが見えた。


 「俺も食べたかったんだが?」


 俺がそう言うと奈菜美は「そうだったんですか」と言いながら容器に残った最後のレタスとトマトを美味しそうに食べた。


 「あっ、ごめんなさ~い。無くなっちゃいました~」


 煽り口調でそう言うと俺の前に容器を置いた。

 

 「まあ別にいいや、ちょっと食べたいって思ってただけだし」

 「そんなに強がらなくて良いですよ~」

 「強がってませーん」

 「むぅ」


 人と飯を食うのってこんなに楽しかったっけ。

 奈菜美の行動、普通ならイラついているはず。

 なのに不快感は無く、なんなら楽しい。

 少しだけだが、この子と一緒に過ごしてみるのも悪くない。

 そう思えてきた。


 「ほら、焼けた」


 俺は焼けたサガリを奈菜美の取り皿の中に入れてあげた。


 「わぁ! ありがとうございます」


 美味しそうにサガリを頬張る奈菜美を見つめながら、俺は新しいお肉を網の上に置いた。

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