第7話 代表と再会
今日は坂本代表と仕事についてお話しする日。
そして俺は今、六本木ヒルズに居る。
流石は六本木と言った所だろうか、黒スーツを着たサラリーマンやOLがうじゃうじゃと居る。
そんな中ただ一人、ベージュ色のスーツを着ている俺は凄く目立つ。
ヤバい、色んな物が混ざり合って体が凄く震える。
奈菜美との待ち合わせ時間は10時、社会のマナーとして10分前には来ようと思って来たのだが、以前奈菜美の姿は見えない。
ここでずっと震えながら待っていると不審者と間違えられるかもしれない。
俺はそう思い移動しようと思った時「すみませ~ん!」と声が聞こえた。
白いワンピースに身を包み、サマードレスと似合う可愛らしいカンカン帽子を被った女性がこちらに走って来る。
目元が見えなくなるほど大きく派手なサングラスをかけているその女性は昨日訪問してきた坂本奈菜美だった。
元アイドルという事もあってか、サングラスで顔の大半が見えなくなっているのに服装も相まって、とても可愛らしく見えた。
「すみません、少し電車が遅延してて……」
「なるほど、まあドタキャンさえしなければ別に何でも良い」
「そう言ってくれると助かります。それで、私の変装はどうですか?」
後ろに腕を組み、俺の様子を伺いたいのか顔を覗き込んで来る。
その何ともあざとい行動に少し胸を揺らしながらも俺は答える。
「まあ、帽子で髪型を隠して尚且つサングラスで目元全体を隠す。俺は探偵でも何でもないから分からないが上手く変装できてるんじゃないか?」
俺がそう言うと奈菜美は小さく頬膨らませて「こっちです」と六本木ヒルズの中に入っていった。
何か変な事を言ってしまったか?
そう思いながら俺も後を追うように六本木ヒルズの中に入った。
~~~
奈菜美がエレベーターを操作して、やって来たのは15階。
後で知った事なのだが、ここは【六本木ヒルズ 森タワー】という建物であって六本木ヒルズとは別物らしい。
そんな雑学は置いておいて、内装は俺の目には眩しいぐらい輝いて見えた。
淡白な白い扉を開けた先は、汚れ一つ無い麦色と白色が壁を支配していてさっきまでの緊張が優しい色合いによって無くなってしまった。
新築の家のような匂いがする。
奈菜美について行きながら、社員さんのような人に挨拶をしてとある部屋の前についた。
『社長室』
そう書いてある部屋の前で奈菜美は止まり「ちょっと待っていてください」と言い、中に入って行ってしまった。
先程の緊張が蘇る。
体が震え、手先が冷たくなるのが分かる。
助けた女性が社長なんて普通ありえないだろ。
どうしよう、怖くなってきた。
何をすれば良い、俺はどんな風に話せば良い。
そんな風に思っていると社長室のドアが開いた。
「中に入って良いですよ?」と奈菜美の声が聞こえる。
俺は固唾を飲み、鉛のように重たくなった手足を動かして中に入った。
「どうもお久しぶりです、池端真崎さん。あの時は大変お世話になりました」
豪華な机、そして風情のある椅子に座る女性。
俺に話しかけてきたのは、あの時助けた女性でもあり、この【vertex receive】の代表でもある坂本郁代さんだった。
俺は怖気づきながら「この度はこのような機会を作っていただきありがとうございます」と頭を下げた。
「ふふふ、そんなにかしこまらなくても良いのよ? さあ、ここに座って」
俺は坂本代表に促され、会談用と思われる席に座った。
俺の正面には坂本代表、そして坂本代表の隣に奈菜美が座った。
「それではお話を始めましょうか。真崎さん、本当に緊張しなくて良いですからね?」
上品に口元に手を当てて笑う坂本代表。
俺はその姿を見て、再度怖気づくも恐る恐る聞きたいことを聞いていく。
「その、どうして俺の居場所が分かったんですか……? その、あんまり情報は教えていないはずなんですけど……」
「ああそれはですね、恥ずかしながらも探偵を使わせて頂きました」
探偵……?
まあ俺の個人情報が知られた所で特に害はないと思うが、そんな探偵を使う程難しかったのか?
救急隊の人に連絡先と名前は教えたし、ニュースにも出てた。
それなのに探偵を使う程の事なのか?
「俺、救急隊の人に連絡先とか教えてたはずなんですけど……」
「そうね、確かに救急隊の人に教えてもらえば良かったかもしれない。でもあの時、私はかなり危ない状況で救急隊の人と話せるような状況じゃなかったのよ」
なるほど、まあ俺の個人情報についてはどうでも良くはないが今はとりあえず置いておこう。
それよりも結婚の話だ。
俺が結婚についての話を切り出そうとした時、坂本代表が「では私も」と口を開いた。
「真崎さん、実は私は昔のあなたを知っているのよ?」
急にそんなことを言われて、俺は少し戸惑った。
「昔の俺……?」
「そう、あなたが花園電機に勤めて居た頃の事よ」
「え、俺が花園に勤めていた時を……!?」
花園電機とは先月俺が辞めた会社で、5年ほど前から業績を伸ばして一気に一流企業の仲間入りを果たしたエリート企業。
俺が入社した時は丁度業績が最高点に達している時で、社内の雰囲気も良かった時。
まあ、俺の部署以外はな。
だが、坂本代表がなぜ花園電機と繋がっているんだ……?
「えっと自分、坂本代表と会った事は……」
「そうね、会った事は無いわ。私が一方的に知っていただけよ」
坂本代表は少し嬉しそうな表情を作り語り始めた。
「あなたの事はあなたが会社を辞める3カ月前ぐらいに知ったわ。その日もCM関係のお話をするために、わざわざ私が商談に行っていた時で、花園電機の社長さんとお話しする機会があったの」
「は、はぁ……」
「それで、話の話題の中で財務部に凄い奴が居るって聞いてね、それがあなたの話だったの。当時の私も話を聞いただけでもとんでもない人だって察したのよ?」
まさか俺がこんなに評価されているとは思わなかった。
なんだろう、人に褒められるってこんなにも嬉しい事なのか。
ちょっと褒められただけなのに、高揚感が凄い。
「まあそれで、花園電機さんに行くたびにあなたに興味が湧いたの。でも先月花園電機さんに行ったら辞めちゃったって聞いて本当にショックだったわ」
「えっと、それはなぜ……」
「私の会社は簿記に特化した人間が凄く少ないの、だからいつか引き抜こうと思っていたんだけど……真崎さん、今働いていないのよね?」
「はい……恥ずかしながら無職です……」
「だったらぜひ、うちの会社で働いて欲しいんだけど……どうかしら?」
一回整理しよう。
昨日の時点では職を紹介するから結婚しろと奈菜美に言われていた。
だが今実際仕事の話をしてみたら、相手から働かないかとお誘いが来た。
このパターン、もしかしたら坂本代表もグルの可能性が極めて高い。
慎重に出るか、それとも奇想天外な事をするべくガツガツ行ってみるか。
凄く迷う。
「えっと、前職である花園電機を辞めた理由が労働環境が悪かったせいで……労働条件と言いますか収入など詳しい事をお聞きしても良いですか?」
俺が選んだ選択は冷静に行く方。
やはり冷静に事を進めた方が、何事も円滑に進む。
そう思ったからだ。
「ああそうね、じゃあそれも聞きたいこと言ってくれるかしら。全部詳しく教えてあげるわ」
「ありがとうございます。それでは早速お聞きしますが、もし自分が御社で働けるとしたらどのような職種、部に配置されるでしょうか?」
坂本代表のオーラに怯えながらも、固唾を飲みこみ次の言葉を待つ。
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