第6話 仕事について

 奈菜美が座り込んでから3分ほど経ったが、以前会話は生まれない。

 どうしてこうも気まずくなってしまうのだろうか。

 まあ、会社に居た頃なんて営業なんてしたことないし、コミュニケーションを取るのも上司と同期と仕事の話をするぐらい、飲み会も忙しすぎて無かったしな。

 俺がコミュ力が無いのは分かるが、いくら何でも沈黙が長すぎる。

 俺が何か話題を振ろうと思った時、小さな声が聞こえた。

 

 「あ、あの」


 さっきまで俯いていた奈菜美はキリっとした表情で顔を上げ、俺に話しかけて来る。

 俺は話題も作れず、女の子と一対一で喋る事すらままならない。

 自分の情けなさに失望しながらも、彼女の顔を見てみると真剣な眼差しでこちらを見ていた。

 表情から何か大事な事を伝えようとしている、そんな風に見えた。


 「なんだ」

 「あの、もしよければなんですけど……うちの会社で働きませんか……?」


 大事な事を言うのかと思えば、仕事の勧誘?

 こいつ、ニートの俺をおちょくってやがるな。

 一気に冷めた、ほんの少しだけ結婚しようか迷っていたがもうこの話は無しにする。

 そう決めようとしたが、俺が話す前に奈菜美が話を続けた。


 「その、お仕事を誘ったのは真崎さんを煽るためじゃなくて、さっき真崎さんがニートである事を理由に私と結婚してくれなさそうだったので、今おばあちゃんに連絡をしたんです」


 仕事が早いとはこの事か。

 まあ、仕事を紹介してくれるのはありがたいが、仕事を辞めてから一カ月。

 そんな人間を雇ってくれるのだろうか。

 仕事を簡単に紹介してくれる、裏を返せば紹介した代わりに結婚を迫ってくるという可能性もある。

 

 「い、いやそこまでしろとは……」

 「でも、職が無いから自信が無いんですよね?」

 「ぐっ……」


 奈菜美は「それにおばあちゃんも会いたいと言ってましたし?」とグイっと距離を詰めてきた。

 確かに、職が貰えるのならば自分に自信は持てるし家族に迷惑をかけない。

 生を実感することも出来るし、仕事が生きがいになるかもしれない。

 だが、何回も思うがこんなに簡単に働かせてもらってもよいのだろうか。

 もちろん面接はあるだろうし、奈菜美のおばあちゃんの会社となるときっととんでもない大手。

 心配と不安が積もる。


 「じゃあ分かりました。明日、おばあちゃんの会社に来てください。そこでまたお話ししましょう?」

 

 俺は奈菜美の提案に同意して会社の名前と住所、そして奈菜美の連絡先を教えてもらった後、奈菜美は家を後にした。

 

 帰り際、奈菜美から「渡すのを忘れていました……」とおばあちゃんを助けたお礼として東京バナナを二箱貰った。

 

 「おいおい、おかしいだろ……!」


 奈菜美が帰った後、俺は荒げた声を出した。

 というのも奈菜美から教えてもらった会社名は【vertex receive】

 そう、虹ノ夢49が所属する会社だ。


 俺が助けたのはvertex receiveの代表取締役の坂本郁代さかもといくよだったのか……?

 奈菜美の苗字の坂本、そしておばあちゃんの会社で働かないかという奈菜美のセリフ。

 合致する、点と点が繋がった。


 俺は衝撃で奈菜美から貰った東京バナナの箱を床に落とした。

 「カコン」という音が俺の耳を刺激する。


 もし俺が明日、坂本代表と会って仕事について話をしている時に奈菜美が「おばあちゃん、私この人と結婚する!」なんて言ったらどうする?

 いやいや、仕事の時だけじゃない。

 奈菜美と話していて感じたが、あの子はなんでもガツガツ行くような子だ。

 テレビからも窺えた積極的に仕事に取り組む態度。

 

 これが良くない方向に動いてしまえば俺はきっと社会的に死ぬ。

 実際に死のうとしていた男が社会的に死ぬのか。

 なんという皮肉だ。

 

 とりあえず明日、坂本代表と会って、それでもし奈菜美が結婚の話を切り出しそうになったら全力で止めよう。

 25年間生きてきた経験を活かせ、俺。


 俺は早速明日の為に、シワの入ったスーツにアイロンをかけたり、身だしなみを整えるため準備を始めた。

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