第2話 死ぬ前に良いことをする

 「うっ……眩しい……」


 ずっと外に出ていなかったため、太陽の光が目に刺さった。

 暗い部屋から出て急に眩しい光を見たせいか、視界が緑がかっている。

 重い足取りでアパートの階段を降り、その足で近くのコンビニに向かった。


 ここは東京だが、俺の住んでいる周りは結構田舎臭い。

 周囲にはボロボロの民家があったりそれこそ俺の住んでいるアパートはかなり古い。

 少しあるけばテレビで見るような東京になるが、ここら辺はまだ家の中にミカンの木が生えていたり、盆栽があったりと東京ではないような場所だ。


 「ここに来るのも最後になるのか」


 そう独り言をぼやき、家から一番近いコンビニに入った。

 今まではアルコールの低い酒しか飲んでこなかったが、最後だし強そうな酒でも飲むか。

 そう思い俺はお酒が置いてある棚からいつもとは違う缶ビールを取り、そのまま会計してコンビニを出た。


 買ったビールをすぐに開けてゴクリと一口飲む。

 キンキンに冷えたビールは脳を刺激して、少し重かった瞼も一気に軽くなった。


 死の階段を一歩、また一歩と上って行っている気がする。

 人生勝ち組コースに乗っていた人間がまさかの負け組に大転落。

 一本のドラマが作れそうな人生だったな。


 駅に着いた。

 最近流行りの地雷系やサラリーマンなどで埋め尽くされた構内に吐き気を模様しながらも俺は歩いていく。

 いっその事ならデカい東京駅や原宿駅で死んでやりたいな。

 そんな風に思いながら俺は改札にスマホをかざして改札を抜けた。

 一番線ホーム、ここは腐っても東京、黄色い停止線の前には長蛇の列が出来ている。


 緑の帯を車体にまとった山手線が来た。

 人でごった返す電車内に無理矢理乗り、ドアが閉じた。

 

 香水や体臭など様々な匂いが混ざり、車内の空気は最悪。

 俺の目の前に居る30代ぐらいの女性も柑橘系の香水をつけているのか鼻を刺激した。

 20分ほど電車に揺られて東京駅に着いた。


 俺は人をかき分けて山手線から降り、そのままエスカレーターに乗る。

 急いでいるのか駆け足でエスカレーターを上っていくサラリーマン。

 危ないなと思いつつ、エスカレーターの終着点で俺は降りる。


 どこの路線で死んでやろうか、俺はそんな事を考えながら歩いていると一人の女性が目に入った。

 歳は60代ぐらいだろうか、所々に白髪を生やしていて服装も周りと比べて少しみすぼらしい。

 そしてなぜ目に入ったかと言うと苦しそうに胸を押さえながら歩いているからだ。

 顔色も化粧のせいか分からないが悪そうに見える。

 

 そんな風に見ていると『ドサッ』と音を立てながらその女性は倒れてしまった。

 周囲の人は絡んだら面倒になるからか見て見ぬふり。

 

 「おいおい……誰も助けないのかよ……!」


 酔いが一瞬で覚め、気づいたときには俺はその女性の元に駆け寄っていた。


 「おい、大丈夫か!」


 肩を揺らしながら呼びかけてみるも反応は無い。

 俺は家で見た緊急処置の方法サイトを思い出す。

 確か、こういう時はまず協力者を要請しながら脈を確認して脈が無かったら安全な場所に移動させた後、心臓マッサージと人工呼吸をしないといけない。

 

 「おい! 誰か協力してくれ!」


 羞恥を捨てて、俺は叫ぶ。

 手と腕の関節部分に指を当てて脈を確認してみる。

 脈が……無い。


 「どうされましたか……って倒れてるじゃないですか!?」

 「緊急事態だ。まずは119、そしてAEDを探してきてくれ! あと最低でもお前以外に協力者が欲しい、頼む!」


 20代ぐらいの金髪のチャラそうな男が話しかけてきた。

 男は俺の指示に従ってくれて119に電話し始めた。

 その間にぞろぞろと野次馬が集まり、協力者も3人程来てくれた。

 

 「くっそ、何で俺がこんな事を……」


 独り言をぼやきながらも、俺は女性を構内の端の方に移動させた後、胸骨を陥没させる動作を30回ほど繰り返えした後、人工呼吸のため唇を重ねて息を吹き込んだ。

 初めてのキスがこの女性、そんな事はどうでも良い。

 人が死にそうなんだ、助けないと。

 俺の真面目脳が刺激され、必死に行動する。

 

 「僕が変わりますよ!」


 先ほどのチャラ男が心臓マッサージを変わってくれた。

 チャラ男が心臓マッサージを続けている。

 息を整え、チャラ男の息が切れたら交代できるように準備をしていた。

 すると後ろからドタドタと走って来る音が聞こえてきた。


 「すみません! AED持ってきました!」


 20代ぐらいの女性が話しかけて来て、その両腕にはAEDが抱えられていた。

 俺は女性からAEDを受け取るとチャラ男に「AEDが来た! どいてくれ!」と言い、女性の服を脱がせた後AEDの中に入っていた簡易ハサミで女性のブラジャーを切った。


 AEDの電源を点けて、指示に従う。

 指示通りに進め、俺がボタンを押せば電気ショックが与えられるようになった。


 「皆さん! 離れてください!」


 AEDも同じことを言っていたので聞こえていない人がいるかもしれないと思い、俺も声を大にして同じことを言った。

 俺の掛け声と共に周囲の人が離れていく。

 周りの人が離れた事を確認して、俺はボタンを押した。


 次の瞬間、女性の上半身がボコンと波打った。

 

 AEDの「解析中です」という機械音声が耳に入って来る。

 その音と同時に複数の足音が聞こえた。


 「救急隊です! 傷病者はどちらですか!」


 グレーの救急服に身を包んだ隊員が5名ほど居た。

 俺が「今あそこでAEDを使用して、今は解析中とAEDが言っています」と言うと俺と話している隊員以外はすぐに傷病者の元へ駆け寄っていた。


 「なるほど、応急処置誠に感謝いたします。確認ですが通報して頂いた方ですか?」

 「えっと違いますね。私が第一発見者というのでしょうか、倒れた女性を見て誰も助けに行かないので私が駆け寄って、協力者に通報してもらったって感じです」

 「なるほど分かりました。では最後にお名前と電話番号を教えていただけますか?」

 

 俺が名前と電話番号を伝えると、救急隊員は「なるほど分かりました。ではここからは我々が引き継ぎいたします、今回の応急処置本当にありがとうございました」と言いその隊員も女性に駆け寄って行った。


 良い事をしたと思い、俺は高揚感に包まれていた。

 さっきまで死のうと思っていたのに、まさか死にかけの人の救助をするとは。

 なんだか皮肉じみていて、不思議な気分だ。


 死ぬことはもうどうでも良いや、今はとにかく家に帰ろう。

 俺はそう思い、道を引き返した。

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