人生諦める前に人助けをしたらなぜか推しだった元アイドルに求婚されて人生諦められなくなった話。

竜田優乃

第1話 絶望の淵

 6月の月初め、近くの民家で紫陽花が咲き乱れ、梅雨前線により最近は雨続きだ。

 しかし、今日は雨が降らずに曇り空。

 そんな中、俺はいつも通り缶ビールを片手にテレビを見ていた。

 

 俺の名前は池端真崎いけはたまさき、歳は25で今はニートだ。

 これでも俺は都内の難関大学に進学、そして卒業して一流企業である花園電機に就職した。

 でもそこでの仕事は激務だった。

 

 俺は簿記検定一級を所持していた事から財務部に配置された。

 だがそこには社内ニートで最低限の仕事しかしない奴や自分の仕事を全うしようという気持ちは伝わって来るが、全然仕事が出来ない。

 他にも無断欠勤が多い奴や元々体が弱くあまり仕事に出て来られないような腐ったようなやつらばかりで、俺も仕事にならなかった。


 そんな事もあってか、俺が一人でやる仕事の量は普通の人間ではこなせないような量になっていた。

 俗に言うキャパオーバーってやつだ。

 深夜2時まで残業しても仕事が終わらない、他の人間は俺が仕事をやってくれることを良い事に定時で帰宅。

 ここは本当に一流企業なのかと思ったさ。


 しかも、ちょっとでもミスがあったら別室に連れていかれて怒鳴られる、それが一番嫌だった。

 流石に俺もバカじゃないから合計金額が正確か確かめるために何度も電卓を叩いていた。

 それでも俺はミスを絶対にしない完璧人間じゃない、時々ミスをしてしまうこともある。

 その度会議室に連れていかれて『お前、このミスのせいで大きな損害がでたらどうするんだ!』って怒鳴られたら仕事に対するモチベーションも下がるし、なにより病んでしまう。

 

 そんなこんなでここまで育ててくれた家族には申し訳ないが、仕事に耐えられなくて先月独断で仕事場に辞表を出した。

 2年近く続けただけでも良いと思って欲しい。


 一度も換気をしていなかったせいか空気が重いと感じた。

 窓を開け、新しい空気を中に入れる。

 6月の朝方、肌を刺激するような冷たい風が入って来る。


 持っていた缶ビールを一口飲み、俺はまたつまらないニュース番組を見る。

 朝方のいつもと変わらないコメンテーターとアナウンサー。

 毎日似たような特集や報道を聞くのはもううんざりだ。

 そう思いチャンネルを変えようとした時、目を疑うようなテロップが表示された。


 「速報です。人気アイドルグループ、虹ノ夢49の藍沢奈菜美あいざわななみさんが公式サイトで虹ノ夢49を卒業するという旨を発表しました」


 アナウンサーが聞き取りやすい声でハキハキと話していく。

 俺はアナウンサーが言っている言葉を聞いて戦慄した。

 ななみんが卒業……?


 虹ノ夢49とは株式会社【vertex receive】がプロデュースした人気アイドルグループで、俺が社畜として働いている頃に伸び始めたグループだ。


 ななみんとの出会いは苦しい残業中だった。

 他の社員は先に帰り、今日も一人かといつも通り仕事をしていた時、息抜きをしようと思いイヤホンで適当な曲をバックグラウンドで聞いていた。

 最初は当時ハマっていたラッパーの曲を聞いていたのだが、自動再生で選ばれた曲に聞き入ってしまった。

 可愛らしい歌声とその歌詞に魅了されて、俺はいつのまにかその歌声の虜になっていた。

 この時に出会ったのが藍沢奈菜美ことななみんで、俺が聞いた曲のPVでセンターを担当していた。


 センターを担当するという事はメインで歌を歌う事となり、当時の俺はななみんの歌声に完全にハマってしまった。

 前回のシングル「あの風の向こう側に」でもななみんはセンターを担当していて今ノリに乗っているはずだった。


 もう新しくでてくるシングルにはななみんがいない、もうななみんの歌を聞くことが出来ない。

 俺は今にもどうにかなってしまいそうだった。


 なぜか今までの人生が蘇ってきた。

 仕事は上手くいかなくて退社してそのままニート、せっかく見つけた推しも卒業、難関大学に受かるため勉強漬けの毎日でロクに青春もしてこなかった。

 

 よくよく考えてみたら俺の人生、楽しい事なんて一つも無くて腐っていたんだな。

 

 もう一度やり直したい。

 今度は勉強なんてせずに高校や大学で良い青春をして、そのまま結婚したり子供を作って一緒に遊んでみたい。


 どうして一つのニュースでここまで気に病んでしまったのだろうか。

 分からない。

 いっそのこと死んで人生をやり直してみようか、そもそも死んだら人生はやり直せるのだろうか。

 それも分からない、でも試してみる価値はある。


 今の俺は失うものなんて何一つ無い、ひっそりと死ねば誰にも迷惑は掛からないだろう。

 俺は完全に闇に支配されてしまった。

 そうとなれば人間落るのは簡単で、すぐに思考がマイナスになってしまう。


 俺はパソコンの電源を点け『死ぬ方法』と検索した。

 死ぬ方法なんて俺にも分かる、でも痛みを伴う死に方は嫌だ。

 だから痛みが無く、楽に死ねる方法を知りたい。


 でもそんなの調べても当然出てくるわけ無く、出てきたのは自殺防止のサイトや緊急処置の方法がまとめられたサイトだけ。

 

 俺は出てきた応急措置の方法のサイトを流し見ながら思い出した事があった。

 それは少し前に、有名配信者が『みんなバイバイ』って言ってそのまま電車に轢かれて死亡したっていう事件があった。

 電車に轢かれたら痛くないのだろうか。


 俺は気づけば立ち上がり、なぜか仕事で使っていたベージュのスーツを着ていた。


 「最後に酒が飲みてぇ、コンビニで買って飲んでそのまま死ぬか」


 俺はちゃぶ台のそばに落ちていた500円玉を胸ポケットに入れて、暗く閉ざされた部屋を出た。

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