土曜の夜のスパーキーレイン

土曜の夜のスパーキー・レイン(その1)


 祝いの時は、晴れてほしいと願うのは、贅沢だろうか。

 クレアは想い起す。

 高校受験の合格発表の日。

 あの日は、確か雨が降っていた。

 ぬかるんだ道を歩きながら、あまりいい予感はしなくて、それは第一志望の高校だったので、受かってほしいと思いつつも、試験の当日は自分でもあまり出来が良くなかったこともあって、すでに受かっていた第二志望の高校に行く覚悟でいた。

 だが、悪い予感は外れてくれて、お陰で第一志望の高校に通えることになったのだが、その時、嬉しいことと、お天気はあまり関係がないのだなとクレアは思うようになった。

むしろ、合格した日が雨だったこともあったせいか、その日から雨が昔よりも好きになった。

 でも、やっぱり雨は苦手だ。

 どうしても心は憂鬱になってしまう。


 ワグナーはほぼ即死だった。

 クレアは自らに短剣を刺したワグナーの姿を見た瞬間、目を逸らさずにはいられなかった。

「なぜ」という思いは、すでになかった。

 きっと、ワグナーはここまでのシナリオを自らの頭の中で書き上げていたに違いない。

 亡くなったワグナーよりも、訃報を聞きつけて階段を駆け下りてきた娘のイゾルデの方が不憫だった。

「お父様」

 小さく掠れた声で亡骸に呼びかけると、イゾルデは肩を小刻みに振るわせながらすすり泣いた。

 階段の上方では、各々の争い合う声が響いてくる。

 こうしてはいられなかった。

 クレアが階上へ向かおうとすると、イゾルデが呼び止めた。

「待ってください」

 イゾルデは涙でくしゃくしゃになった顔を上げて、白く折りたたんだ紙片を差し出した。

 どうやら手紙らしい。

「もしもの時に、これをあなたに渡すようにと、父から頼まれていました」

 どうやら、娘には覚悟のほどを託していたようだ。

 クレアはイゾルデから受け取った手紙を、鎧の下に差し込んで、階段を駆け上がっていった。

 今はこの手紙を開いている時ではない。

 宮殿内は混乱を極めていた。


「クレア様、こちらへ」

 反乱軍の兵士の一人に案内されて、クレアは先ほどエンゲルスが兵士たちを見送った見晴らし台へと向かった。

 宮殿の入り口付近には即席のバリケードが張られていた。

 その外側では、兵士たちの小競り合いが続いていた。

 門の入り口付近に、変事を聞きつけて引き返してきた兵士たちが押しかけていた。

 よく見ると、城外からも歓声が起きている。

 いったい、何が起きているのか、クレアには正確なことがわからなかった。

「これはどういう状況なの?」

 案内された兵士に訊くべきことではない気がしたが、訊かずにはいられなかった。

「反乱軍だけではありません。

 現在の王政に不満を持つ民衆も決起しているところです」

 予想に反して、兵士からは的確な返答があった。

 その答えを聞いて、クレアはこの兵士がただの一兵卒ではなく、反乱軍の中核を担っているリーダーの一人だと確信した。

「あなたは……」

「私は、トーマス・ヘーゲルといいます。

 あそこにいるフリードリッヒ・ヘーゲル大佐は、私の父です」

「え? そうなんだ」

 そう言われてからトーマスの横顔を見ると、確かにヘーゲル大佐と鼻の形などが、どことなく似ていなくもない。

 だが、国軍を率いる父に仇する息子のことを、ヘーゲル大佐は同程度知っているのだろうか。

「ああ、御心配なく。

 父からは、すでに勘当を言いつかっております」

 クレアの所在なげな視線を感じ取ったのか、トーマスの方から口を開いた。

「クレア様は、この国に来て間もないようですので、御存じないかもしれませんが、王政に対しての不満は、市民の間でも密かに爆発寸前でした。

 それが今回、T国との戦闘が再び始まったことをきっかけに、このような反乱となったのです」

「この反乱はどうしたら収まるのかしら?」

 クレアは素朴な疑問を口にしたつもりだった。

「それは、あなたのお力を借りるほかないでしょう」

(え? 私の力? 冗談でしょ)という言葉が口に出そうになって飲み込んだ。

 トーマスの言葉には冗談は一切含まれていないようで、目があまりにも真剣みを帯びていた。

「頃合いを見て、ここにいる反乱軍と市民の義勇軍が旗を上げていきます。

 王政に賛成する兵士たちも、市民のほとんどが革命派だと知れば、無駄な抵抗はしないはずです。

 もっとも本当に王政に賛成している者は、少数派であるA級市民だけでしょうけどね」

「ちなみに、ブラウン中将とあなたのお父さんは、どのクラスなの?」

「ブラウン中将は、Aクラス市民です。

 父は、Bクラス、よって、私もBクラス市民です」

 そう言って、トーマスは照れくさそうに笑った。

「つまり、あなたたちは、この革命によって、これまでのクラス制度も破壊しようと、そう考えているわけね」

「もちろんです」

 トーマスは、クレアが自分たち反乱軍に力を貸してくれることを微塵も疑ってはいない。

 クレアは仮にも「Aクラス市民」としてこの世界に招かれている。

 その地位を破壊する行為に、なぜ加勢してくれると考えるのだろうか。

 もちろん、エンゲルスを倒し、この戦争を終わらせ、平和を取り戻すことを意図していることに間違いないが、エンゲルスを倒した暁に、彼と同様に、次の女王として君臨するかもしれないという、そこまでの可能性を考えはしなかったのだろうか。

 クレアは自分が何か見下されているようで、トーマスに対してイライラしたものを感じた。

「ねえ、あなた、私が素直に協力すると思っているの?」

「え?」

 トーマスが素っ頓狂な声を上げた。

 クレアは、スクルドに号令をかけて、ワルキューレとともに反乱軍と戦いたいという衝動に駆られた。

 しかし、それは一瞬のことだった。

 魔が差したという言葉が適切かどうか、わからない。

 だが、クレアは、自分の中に起こった、怒りにも似た気持ちを特に不快だと感じてはいなかった。

 ただ、冷静に考えて、王政に反対する多くの市民を敵に回して戦うのは、甚(はなは)だ愚かなことだと自嘲したまでだ。

「えっと、クレア様、まさか……」

「今のは、ジョークよ」

「ジョーク? ですか」

 トーマスというこの男はかなり生真面目なのだろう。あまり冗談が通じないタイプのようだ。

トーマスの顔はしばらくの間、青ざめたままだった。


  *


 まだ陽の高いうちに、勝敗はすでに決していた。

 民衆を味方に付けた反乱軍の圧倒的な勝利だった。

 実を言えば、エンゲルス王が亡くなった時点で勝敗は決していたのも同然だった。

 主(あるじ)を失った「王政」など実質的には成り立たない。

 国内で争うのは、無意味なのだ。

 一刻も早く、次の「王」を決めるべきだと、王権派は思う。

 もちろん、反乱軍は、それを赦さないつもりではあるが、互いに争うべきではないという点では、どちらも意見は同じだ。

 多勢に無勢とはよく言ったもので、軍隊というものは、同じ軍隊と戦ってこそ意味を持つといってよい。

 民衆に取り囲まれた軍隊は、民衆に対してはそう簡単に武力を行使できるものではない。

 特に、城内へ戻って来た将校たちは、民衆から牙を向かれた途端、怯えるように自らの武器を投げ捨て、両手を上げて、投降を始めた。

 ブラウン中将とワグナー大佐も例外ではなかった。

「よさんか、降参だと言っているだろ、

 その剣を下に降ろせ」

 ブラウン中将は、若い義勇兵からサーベルの切っ先を喉元に突き付けられて、ヒステリックに叫んだ。

 クレアとスクルド、そして反乱軍のリーダー、トーマスたちは将校たちが投降したのを見て、勝利を確信した。

「それじゃ、参るとしますか」

 トーマスは、複雑な面持ちでクレアに尋ねた。

「わかったわ、行きましょう」

クレアたちは、バリケードの一部を解いて、宮廷の中庭へと降りていくことにした。

「さらに、我々の勝利を宣言するために、市街地へ赴くことにしましょう」

 トーマスは、反乱軍の旗を持ち出してクレアに差し出した。

「この旗をお願いします」

 旗の真ん中には、十字形の印が描かれていた。

 キリスト教の十字架とはちょっと形が違う。

 先が尖っていて、四辺の星型というか、忍者が使う手裏剣のような形をしていた。

 旗のデザインやモチーフは、丸や三角、四角やバツ印、そして十字形など、人が思いつく形には限りがある。

 偶然、この国の反乱軍の旗印が十字の形になっただけのことだろう。

 トーマスは、宮殿の外から、市街地へと続く坂道が人々でごった返している様子を双眼鏡で確かめた。

「見てください、クレア様、たくさんの市民が町中に集まっていますよ」


 *


「トーマス!」

 ブラウン中将とともに縛られて、宮廷の地べたに二人並んで両膝を付いていたヘーゲル大佐が、そばを通りかかった息子に気づいた。

「おい、火を付けてくれ」

 火の消えた葉巻を咥えていたブラウン中将の頼みに、胸ポケットからライターを取り出して火を付けようとした新米兵士が、「おい、よせ」と先輩兵士から窘(たしな)められた。


 勘当されたとはいえ、父は父だ。

 だが、反乱軍の捕虜の縄を勝手に解いてやることはできない、そう考えていたのだろう。

 トーマスは父の呼びかけには答えず、真っすぐ前を見たまま、クレアより数歩遅れて城門を出ていこうとしていた。

「貴様、いい気になるなよ、革命など起こしても、世の中はそんなすぐには変わるものではないぞ」

 他人同士の会話でなら、負け犬の遠吠えにしか聞こえないところだが、父が息子に言った言葉となると、その意味するところは多少なりとも変わって聞こえてくるから不思議なものだ、とクレアは思った。

 トーマスもそんな感じを持ったかどうかはわからない。

 勲章を毟(むし)り取られて跪(ひざまず)くヘーゲル大佐の言葉に何ら言い返すこともなく、顔を伏せて歩いていたトーマスは少しだけ歩みを止めたが、父の方に振り向くことはなく、意を決したように再び歩き始めた。

 

 潮を引くようにという言葉が適切かはわからないが、お互いに戦いに疲れて、混乱は自然に収まったといえるだろう。

 国内には、エンゲルス王が暗殺されたこと、そしてその暗殺者であり、反乱軍の首謀者であったワグナーが自決したこと、この二つが知れ渡ると、人々は歓喜に沸いた。

 始まったばかりの戦争がどれぐらい長引くのか、人々は内心不安だったに違ない。

 結果的にそれが忌避され、しかも、現在の王政が滅んだということで、街は喜びに満ちていた。

 クレアが最初に市内を散策したときは、Y国というのは、人口が少ない国なんだなと思っていたが、それが間違いであることがすぐに知れた。

 町中にいた住民よりも、避難している住民の方が多かったのだろう。

 クレアがスクルドとともに反乱軍の旗、いわゆる「勝利の旗」を持って城外へ出ると、どこから湧いたのか、そこは人垣や群衆で溢れ返っていた。


「メシアだ!」

「救世主が我々を救ってくれたんだ!」

「私たちをお救いくださって、ありがとうございます」

 老若男女が、まるで何かの教祖のようにクレア一行を見守った。

「メシア、メシア!」

 あちこちで、メシアコールが起こっていた。

 クレアは気恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。

「少しは手を振ってやれよ」

 スクルドが冷やかすように、クレアの肩越しに囁いた。

 冗談じゃない。

 自分は何もしていないのだ。

 やったことといえば、エンゲルス王の前で剣を構えて、その時は、ワグナーに裏切られたと思い込んで、ワナワナと震えていただけだ。

 そして、気が付けば、ワグナーがエンゲルスを討ち、そしてワグナーも自決した。

 自分はただの傍観者に過ぎない。

「自分は何もしていないと、そう思っているのだろう。

 それは違うぞ、クレア。

 救世主として、この場に「いる」ことが重要なのだ」

 クレアの気持ちを察するように、ボディガードのように後ろに付き添い歩くスクルドが言った。

 クレアは、左手に旗を持ち、ぎこちなく右手を挙げた。

「ジャンヌ・ダルク」か、ドラクロアの描く「民衆を導く自由の女神」か。

 いやいや、自分はそんな柄じゃない。

 

 街を歩くうちに、日差しが柔らかくなるのを感じて、クレアは空を見上げた。

 空はいつの間にか全体が灰色の雲で覆われていた。

 これは一雨振りそうな感じだ。

 クレアとワルキューレ、そして反乱軍の兵士たちがパレードのように練り歩く街の上に、やがて大粒の雨粒が落ち始めた。

 傘を開くものは誰もいない。

 突然の雨に、避難する者も誰もいなかった。

 むしろ「歓喜の雨だ!」と叫んで喜ぶ者さえいた。

 クレアは髪の毛から滴る雨の雫をまつ毛をしばたたかせて振り払いながら、スコールのような雨の中を進み続けた。

 元いた世界では、雨は苦手だった。

 服が濡れるのが嫌で、少しの雨でも傘を開くのが、習慣だった。

 傘は好きだ。ファッションアイテムとして、お気に入りの傘も何本か持っている。

 でも、傘が濡れるのは好きじゃなかった。

 濡れた傘を畳んで電車に乗るときは気持ちがとてもブルーになる。傘に付いた雨の雫で服が濡れたりするので嫌いだ。

 でも、今は傘がない。

 服が濡れるのは今でも嫌だが、ある程度雨に濡れてしまえば、不思議とどうでもよくなってしまう。

 この雨の中を、傘もささずに人々が笑顔で迎えてくれるのが、急に可笑しく思えてきた。

「何を笑っているのだ。

 さっきまで不機嫌そうだったのに」

 スクルドが振り返ったクレアの顔を見て言った。

「なんかね、やっと、気分が晴れたわ」

 クレアは濡れて重くなった旗を左右に振った。

「そうか

 それはよかった」

 スクルドはクレアが振り回す旗を避けるように身を逸らしながら、そう言った。

「ところで、この国の住人は、“傘”を差さないのかしら?」

「傘とは、なんだ」

「雨を避ける道具よ」

「頭に被る“フード”なら用いる人もいるだろう。

 だが、それは冷たい雨が降る季節だけだ。

 今は、気温が高いからな、あえてフードを被る人は少ないだろうな」

 確かに、フードを被っている人は少ない。

 もっとも、今外に出ている人たちの中に、雨が降ることを予測してフード付きの服装をしてきた者はほとんどいないのだろう。

 クレアは雨に濡れた旗を左右に大きく振りながら人垣をかき分けるように行進を続けた。

「クレア様!」

 甲高い女性の声には聞き覚えがあった。

 声のした方を目で追うと、群衆の中に、ワグナーの娘イゾルデの顔があった。

「イゾルデ!」

 クレアが声を掛けるよりも先に、トーマスが叫んだ。

 イゾルデが群衆を搔き分けながら進んでいくと、群衆が自然と道を開けた。

 そこへトーマスが飛び込むように分け入った。

 クレアに視線を送っていたイゾルデは、トーマスの姿を見つけると、そちらの方に釘付けになっていた。

 二人は群衆の目の前で、がっしりと抱き合った。


「おお」

 二人が抱き合う姿を見て、群衆から祝福の声が上がった。

 パチパチパチと、何人かの拍手が始まると、それが大勢の拍手へと変わっていった。

「そういうことなのね」

 クレアは、少しだけ残念な気分で、二人のやりとりを見守っていた。

「どうした、今度は、がっかりした顔をして」

 スクルドは、冷やかすでもなく、真剣な表情でクレアに尋ねた。

「別に、がっかりなんかしてないわよ。

 トーマスとイゾルデはそういう関係だったのね。

 なんか、ちょっとね……、

 いいんじゃないの」

 何がいいのか、自分でもよくわからないまま、旗を振るのを辞めて二人の様子を見つめていた。

 トーマスは、はっと我に返るようにイゾルデから離れ、クレアに向き直った。

「クレア様、こちらは、ワグナー様の娘さんでイゾルデさんといいます」とイゾルデのことを紹介した。

「もう存じています」

「ああ、そうでしたか」

 トーマスはしきりに照れたような顔をしながらも、イゾルデの片手をしっかりと握っていた。

「彼女は、父上を亡くされたばかりで……、それに、事情が事情だけにいろいろあるかと思いますが、できる限り、彼女のことはお守りしていきたいと考えています」

 トーマスは、クレアがイゾルデのことを今後どうするつもりなのか、計っているようだった。

「心配しないでも大丈夫です。

 ワグナーさんがどのような罪になるのか、それとも無罪なのか、当然のこと、裁きは受けるでしょうけど、それによって、イゾルデさんの処遇が変わることは、あってはならないと思います。

 というより、父は父、娘は娘です。

 父の犯した罪をその娘が負う必要はないはずです」

 クレアは、こうした倫理観が、この世界で通用するのかよくわからなかったが、自分の考えるところは、先にきっぱりと述べておこうと思った。

「ありがとうございます」

 トーマス、そしてイゾルデは、片膝を付いて、深々と頭を下げた。

「よっ、さすが救世主だな」

「よかったな、若いの!」

 再び、群衆から大きな拍手と歓声が上がった。

  

 クレアが歓喜の声を上げる群衆を見まわしていると、その中に、じっと睨みつけるような視線を送っている男たちと目が合った。

 それは、清掃人のニーチェ、庭師のユング、漁師のハイネの三人だった。

 これまでに出会った三人の老人たちが、なぜか並んで立っている。

 クレアは、彼らの姿を見つけて、呼び止めようと思ったが、詰めかけた群衆に阻まれて近寄ることができそうになかった。

「これはこれは。

 三賢者のお出ましか」

 クレアの視線が一点に集中していることに気づいたスクルドが、彼らの姿を認めて、そう呟いた。

「三賢者? あの人たちはやっぱり賢者なのね」

「うん?

 クレアは、彼らを知っているのか?」

「この世界に来て、あの人たちとちょっとだけ話をしたけど……」

「ほう、それで」

「変に理屈っぽかった」

 それを聞いて、スクルドが高らかに笑った。

「そうだろうな、彼らは確かに理屈っぽい。

 だが、今回の反乱を陰で支えていたのは、きっとあの三人だろう」

 彼らは転生者なのか、それとも、偶然同じ名前を持った別の人物たちなのか。

 確かに理屈っぽくはあるけれども、彼らともう少し話をしてみたいと、クレアは思っていた。

 スクルドがクレアに耳打ちしているのに気づいたのか、三賢者は、くるりと背中を向けて群衆から離れて行った。

 彼らの姿が見えなくなると、雲の隙間から陽が差し込んできた。

 雨は小止みになっていたが、まだ、降り続いていた。

「お天気雨ね」

「おてんきあめ?

 こういう雨のことをそういうふうに言うのか? なるほどな」

 スクルドが感心したように空を見上げた。


「え?」

 クレアが雨空から群衆へと視線を戻したとき、さらに見覚えのある顔が見えた。

 それは、クレアがこの世界に来た初日の晩に世話になった看護師姉妹の妹の方、確かにエミリアだった。

「どうした? 誰かいたのか?」

 スクルドが尋ねたとき、もうその顔は群衆の中に見当たらなかった。

「見間違いだったのかしら……」

 クレアと視線が合ったので、逃げるように立ち去ったような気もした。


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