第42話 自分に問いかける。彼女を救ったのか?

「そこまで言われてしまったら、答えなきゃいけませんわね」

凉坂さんは息を飲み、複雑そうな表情を浮かべる。


「私たち、昔に出会っていたのを啓さんは覚えてないんですよね?」

「昔出会っていた?」

記憶なんてない。何回記憶を辿っても、覚えていない。

「そうですの」

何かパンドラの箱のような開けてはいけないものを開けているような気分だ。聞いてしまえば何かを失ってしまうような。

「そっか」

何となく彼女らの発言からそんな事は分かっていたけれど、何も覚えていない。セピア色にまで色褪せた記憶にさえそんな記憶は残っていない。


「啓さんが忘れていらしても、私は覚えていますわ。啓さんは私の事を助けてくれたんですの」

ゆっくりと綺麗な声が耳に入って来る。


「実はわたくし……。自分で言うのは少し恥ずかしいんですが、わたくしの家はお金持ちですの、幼い頃から何不自由なく過ごしてきましたわ」

見ていれば分かる。でも真剣な雰囲気からツッコミを入れることは出来ない。


「それで恥ずかしい話なのですが、わたくし三ヶ月前まで一人で登校したことがなかったんですの」

普通なら信じがたい話だが彼女の話ならば納得せざる負えない。


「その日は、美月も別の使用人さんも仕事中でどうしても、わたくしが1人で登校しなければならなくて、それで仕方なく一人で歩いていたんですの」

三か月前、少し前の日。何か記憶の蓋がはがされていくような気がした。


「わたくし、初めての一人での登校で不安でいっぱいでしたの、それでわたくしミスをしてしまいましたわ、それはもう取り返しの使い無いような」

申し訳なさそうで泣きそうな彼女の顔と声が、何か忘れていることを思い出させようとしてくる。

三か月前、ちょうど僕が怪我をした当たりだ。


「わたくしその時にとても困ったんです、ああどうしよう、これ以上は危ないってそう思ったんですの、その時に、助けてくれたのが……。」


ここまで言われてようやく思い出した、三か月前僕は事故でケガをした。そのせいで今も、いやこれから一生激しい運動は出来ない。

事故の前後の記憶は失っていると医者に話を聞いた。

点と点が繋がり綺麗な線が引かれていく、自分の足に聞いてみる。消えて分りもしない記憶を必死に足に問いかける。

彼女を助けたのか? と

虚無になっていた時間を思い出す。少し自暴自棄になって部活を辞めた日。走っている仲間だった奴らを恨んでしまい自己嫌悪した日。


でも、今そのおかげで美しいお嬢様が目の前に座っている。才能の無かった僕のスポーツ人生と引き換えだと考えたら安いもんじゃないか。

未練がないわけじゃない。それでも新しくこんな面白い人と出会えた、それは運命と言っても過言ではないはずだ。


「凉坂さん教えてくれないか、やっぱりちゃんと何があったのか知りたいんだ」

答え合わせをするように、しっかりと頼み込む。

忘れているからこそ、ちゃんと全てを知りたい。


「はい、電車の乗り方が分からないわたくしに切符を買ってくれて、丁寧に乗り方を教えてくれたのが啓さんですの!!」


言葉が出なかった、痛くも苦しくもないのに、恥ずかしくて涙が出そうだ。

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