第200話 エルフの姫の新たな門出【第8章最終話】

 日常は、あっという間に過ぎる。

 なんだかんだで、レンの船の着港日。


「エルルー!」

「わっ。ピュイア! 久し振り!」


 マストの上から私を見付けたピュイアが、そのまま直滑降で私の胸に飛び込んできた。


「元気そうね」

「あははー! エルル、オッパイデカくなったねー!」


 ピュイアの翼も大きくなっている気がする。勿論、その胸も。


「姉さん」

「ルフェル。久し――」


 ふわりと、風の魔法で甲板から降りてきたルフェルのお腹が、大きくなっていた。


「ルフェルそれっ!」

「あ。エルルさん。お久し振りです。まあ、私は他の娼婦と違ってエルフなので、避妊をしていなかったんですよ。寧ろようやくって感じですね。今回の帰港で一旦船を降りますよ。前はルヴィちゃんの休暇だったので、次は私の番ですね」

「そうなんだ。おめでとう」

「ありがとうございます。姉さん、また先を越しちゃいましたよ」

「…………あなた、きちんと集落に帰るように。港の産医はニンゲンです。フェルルを頼ると良いでしょう。大長老にもご報告するように」

「意外と効きませんね。分かってますよ」


 ルフェルが、子を。

 嬉しい。彼女はルフの妹だ。つまり。

 私にとっても、甥か姪のようなものだ。


「色々大変だったみたいだな。エルル」

「ルヴィ」


 ルヴィも降りてくる。レドアン大陸の大砂漠で別れたきりだ。もう仕事に出ているのか。


「攻撃魔法、役に立ったろ」

「ええ。お陰様で。息子ちゃんは元気?」

「ああ。頻繁に手紙でやり取りしててな。もう魔法を使い始めたらしい。楽しみだぜ」

「凄いわね」


 あんなことがあった。そう。私はニンゲンのニュースで世界中に晒されてしまった。

 けれど、ギルドとアーテルフェイスの人達は、暖かい。






◆◆◆






 数日後。出港の日だ。


「姫様」

「ルルゥ」


 あの日。私は心配するルルゥを半ば振り切って、無理矢理旅立った。


 今は違う。


「ルルゥはここで、いつもいつまでもお待ちしております」

「ええ」


 なんというか。教師に対して失礼かもしれないのだけど。

 物凄く可愛い。

 抱き締めた。


「……姫様」

「また何年か会えないわね」

「……はい。ですが、エルフの時間はたっぷりあります。私は待てますよ」

「そうね。逆に、ニンゲンの血を引いている私が、先に我慢できなくなりそう」

「…………ふふ。行ってらっしゃいませ。姫様」

「ええ」


 清潔な香り。ふわりとした金髪。冒険などしたことのない、すべすべな肌。彼女もオルスでは、亜人家庭とは言えお嬢様だったのだ。

 強めに抱きしめても全く抵抗しない。されるがまま。

 なんだこの人は。

 名残惜しくも、手放して。


「エルちゃん。ルフちゃん。ジンをよろしくね。基本、経験値の足りない馬鹿だから」

「ふふ。ええ」

「か、母ちゃん……」


 キノは、トヒアにべったり張り付いていた。昨日までは元気だったのに。

 きゅっと口を一文字にして。


 兄と離れ離れになるのが辛いのだ。


「キノ」

「………………っ!」


 ジンが彼女に近付いて、しゃがんで目線を合わせてから頭を撫でた。


「うぶ……!」

「大丈夫。兄ちゃんは強い。エル姉ちゃんルフ姉ちゃんも強い。必ず帰ってくるよ。約束だ」

「…………ぅん……!」


 兄らしい。優しい眼差しと手の平。


「さあ、乗りましょう。エルル。ジン」

「ええ」

「分かった」


 長かった1度目の冒険が終わったかと思えば。

 少しの休息を終えて、また始まる。


 船に乗ってから、振り向く。私達の新たな門出を祝ってくれる人達の顔を、目に焼き付ける。


「――行ってきます」


 2度目の冒険の旅へ。

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