第198話 月の下に晒される感情

 エデン島には、大森殿の裏に山がある。訓練生が授業や特訓に使ったり、エルフ達が庭として遊んでいたり。特に危険な魔物も居ない、平穏な山だ。標高は1000メートルくらいだろうか。


 その一角に。誰も立ち入らない崖の上に、崩れかけた古い小屋があった。


「私の兄の、子供の頃のです。もう随分と放ったらかしにしていたので、ボロボロですね。ですが、魔法を使えばすぐに立て直せるでしょう」


 秘密基地。

 わくわくしてきてしまった。ルルゥは夕食の用意があるからと、私達ふたりでやってきた。


「良い景色ね。この周辺だけ、木々が低いからよく見える」

「見るべきは下ではなく上です。星が綺麗なんですよ。よく兄に連れてこられて、星や月を見ながら夜を過ごしました」

「そうなの。良いわね。私には兄弟は居ないから。羨ましいわ」

「もう、30年近く前の話です」


 風の魔法で、埃を吹き飛ばす。それから、ルフの指示で改めて小屋を建てていく。風の魔法は本当に便利だ。木を伐るのも運ぶのも。繋ぐのも、組み立てるのも。


「……急拵えで良いと思います。椅子とテーブルと、ベッドがあれば。明日は丁度満月ですね。明日の夜、ジンをここへ誘いましょう」

「ええ」


 夏の終わり。

 動きやすい気候だ。今日も明日も晴れの見込み。熱いのは。

 私の顔だけ。






◆◆◆






 そして当日。


 ルフに、私が連れてきますから待っていてくださいと言われて、ひとりで待っていると。


「ここです」

「おお〜。開けた」


 やってきた。四角い箱のような小屋の、屋上に丸いテーブルと、3つの椅子。用意したのは、草原のエルフに伝わる果実酒。私のお気に入りだ。


「ジン。あなたもこれ好きでしょう?」

「エル姉ちゃん」


 3人。揃った。合流して初めてかもしれない。3人だけ。


「まずは乾杯ね」

「乾杯」

「乾杯」


 ジンは、今日ここに呼ばれた理由を分かっているのだろうか。私には読めない。なんとなく、察してくれていれば良いのだけど。

 いや、そんな期待はしない方が良い。ルフの言う通り。


「出発は?」

「レンの船が来週来るらしいのよ。それに乗ろうと思うわ。皆とも久し振りになるわね」

「あー。俺、悪いけどルフェル姉ちゃんちょっと苦手なんだよね……」

「正解です。あの女には近付かない方が良いでしょう」

「ちょっとお姉ちゃん。あはは」


 他愛もない雑談から。


「……ねえジン」

「ん?」


 ああ、バレバレだ。急に、雰囲気を変えてしまった。真面目なことを言うのだと、彼にも伝わった。

 いや、これで良い。


「あなたには、選択肢がある。それだけは、覚えておいて」

「…………ん」


 毎度。

 というのは、緊張する。何故だろう。ルフ相手には、さらりと言えたのに。

 彼が、男で。私が女だからだろうか。この、高鳴りが。呼吸が。熱が。不安が。期待が。


 恋愛感情と言うのだろうか。


「俺さ」

「!」


 次の言葉を紡ぐ前に。ジンが、声を発した。

 彼も、色々と考えていたのだろう。その真剣な表情から、そう読み取れた。


「本当に、悪いんだけど……」

「ぇっ」


 その眉が。

 歪んで。

 申し訳無さそうに。


 小さく、声が出てしまった。ルフと目を合わせる。彼女も不安げだ。今。

 彼が何を言うのか。


「俺……」


 まさか。

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