第197話 姦しいエルフの女達

「――で」

「うっ」


 ジンを見送って。


 試し合いを見ていたルフが、いつの間にか私の隣に立っていた。声の感じで分かる。


 じっとりと私を甘く睨み付けてきている。


「リーリンから聞きましたが、本当に何の進展も無かったと」

「…………だってそれは。あなたも居ないと」

「何を私に遠慮しているのですか。私はもうてっきり毎晩抱かれているものだと思っていましたよ」

「……むっ。無理よそんなの」


 顔が熱い。視線を逸らしても、ルフは追い掛けてくる。


「私が先に彼を誘惑しますよ?」

「別に良いわよ。前も言ったけど、あなたなら何も思わないもの私」

「…………はあ」


 溜め息を吐かれた……。


「取り敢えず、帰りましょう。今日はトヒア殿もキノと一緒にママ友と食事だそうで、夜まで私達だけです。ルルゥにも相談しましょう」

「わ、分かったわ」






◆◆◆






「うーん……。私は、男性の方からアプローチして欲しいと思います」

「無理ですね。それは女の古い幻想です」


 夕食にはまだ早い。一通りの家事を終えたルルゥが、帰宅した私達にお茶を淹れてくれた。


「ちょっと……ふたりとも?」


 ルルゥとルフの意見がぶつかったのだ。


「ルルゥは、告白もプロポーズもセックスも男性から来て欲しいと言うのですね」

「……できれば。それが理想だと思います。寧ろ、男性をさせるように上手く誘導するのが女の腕の見せ所だと」


 こんな話、ルルゥとしたことは無い。新鮮だ。森から出た、エルフ同士の会話。


「それは、それで上手く行くの話ですよ。空気が読めて、言われずとも気遣いができて、つまりことのできる男性は、ごく僅かです。ルルゥはオルス国内で育ったエルフですが、美人です。きっと恋愛の経験が多いのでしょう」

「……例外、ですか」

「はい。ルルゥあなたの目にはきっと、がそもそも映っていない。視界に入っていないのだと思います」

「と、言いますと?」

「基本的に、男は馬鹿です」

「!」


 言い切った。


ことができる男は、基本的にです。どの女性にも分け隔てなく、優しくします。何か失敗しても、が常に居ます。……というのは、なのです」

「そんな……。偏見では?」

「ある程度恋愛経験のある私やルルゥが、のが証拠です」

「あっ」


 ルルゥが、口元を抑えた。心当たりがあるのだろう。


「ここで話を戻します。私とエルルが狙っているジンという男は、17歳です」

「そうね」

「ニンゲンの17歳です。恋愛経験が無くて、察せなくて、馬鹿なのは、のです」

「確かに!」


 と、いうか。

 別に私も、察して欲しいとも思っていないのだけど。ルルゥと頷く。


「ニンゲンの17の少年に期待するのは酷なのです。リードするべきは私達なのです。特にジンは、自分の性欲を圧し殺して我慢しているでしょうね」

「私のせいね」

「…………エルルは何も悪くありません。自虐をしないでください。だからこそ、これから取れる選択肢があるということです」

「……ごめんなさい。そうね」


 そう。

 例えば。


 ロマンチックなことを、期待していない訳じゃない。冒険者なのだから。期待したい。


「けれどそもそも。私だって恋愛経験なんか無いのよ。どうすれば良いかなんて分からないわ。でも、言えないの。なんだかジンも、少しこの話題を避けているような気がして」

「そこで。場所を変えましょう。普段の行動範囲である、この家と訓練所、港やギルドでは。そもそもそんな雰囲気になりませんから」

「場所を?」

「はい。ムードですよ。こちらが誂えてあげれば、男だって乗ってくれます。ルルゥと私の意見の、折衷案があります」

「?」


 こういう時は。ルフに頼りっきりだ。

 改めて。彼女と一緒になれて良かったと思う。

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