第144話 姫としての対等な意地
ドカン。
それは背後から聞こえた音だった。
数瞬経ち、観客席の木造の椅子がいくつか巻き込まれて吹き飛んだのだと理解した。では、何故?
「…………ぅっ」
フーナが放った氷柱だ。
全く見えなかった。
「エルル!!」
「あらぁ。決着まで、部外者は立入禁止ですわ」
「!」
だらり。右腕の感覚が無くなっていることに気付くのは、数秒後。熱く冷たい感覚。肩口から流れ出る血液。心の奥底から湧き上がる焦燥。
右腕は外側が拳大に抉られてちぎれかけている。どうやらあの氷柱が、運良く掠って、命までの直撃は免れたらしい。
恐らく、背後では助けに入ろうとしたルフが、男性のドワーフ達に押さえつけられている。
私はフーナから視線を離せない。
「風の結界で、逸れましたわね。……腕の良い医者が魔天楼に居ますわ。失血死なさる前に降参なさって?」
「…………」
風を。
もっと風を。
「! まだやりますの!?」
土煙の魔法。姿を隠す。あれでもう一度狙われては今度こそ戦闘不能になる。
左手で右肩を押さえて治癒魔法を掛ける。服を破いて巻き付ける。強く。
即座に、止血だけでも。
「ドワーフ相手に視界を塞いでも意味は無いですわよ!」
魔力を感じた。8つ。多いな。今度は氷柱じゃない。あれは水を生み出してから凍らせて、射出する。少なくとも3つの魔法を組み合わせた複合魔法。時間が掛かる。
岩。いや、石だ。
「
パウ。妙な風切り音が鳴る。土煙を容易く貫き、視界に8つの穴が開く。
「!?」
けれど私はもう、そこには居ない。
魔力ステルス。探知魔法では追えない筈。
「どこへ行きましたの……!?」
土煙が晴れる。けれど、フーナは私を見付けられない。
「
手当たり次第に射出している。あれも魔力を多く使う筈だ。単純な魔力量は、五分くらいだろうか。
身体の半分がニンゲンの分、私が不利だけど。
「…………」
やめた。
「! そこに居ましたのね。どうやって探知魔法を掻い潜ったんですの?」
私は姿を現した。やめたのだ。隠れることは。
「魔力ステルスよ。魔界の魔術」
「姿が揺らめいて現れましたわね」
「多分、光の魔法よ。見様見真似だけれど」
私は。
彼女相手に。女性相手に隠れることはしてはいけないのだ。そうやって戦ってはいけないのだ。
エルドレッドは、間違いなくフーナより強い。だから。彼女くらい、正面から勝たなくてはならない。
この感情を言語化するのは、終わってからで良い。今は。
彼女に勝ちたい。負けたくない。絶対に。
「では再開ですわね。これの答え合わせがまだですわ。
「……魔力強化」
「!?」
見えない。けれど、射出する前の浮かんだ石の向きと、フーナの視線は見える。
翳した左腕に着弾する。直後、拳ほどの大きさの石の弾丸は砕けて弾けた。
「…………無傷……!?」
「ふぅー……」
魔法戦は、基本的に射出勝負となる。リーチが重要なのだ。近付くことは愚策。如何にして遠くから、安全に仕留めるか。
それがセオリー。だから、射出魔法……いや魔術が進歩したのだろう。フーナの自信も頷ける。
「ああ、魔力強化は止血にもなるわね。……ふぅっ」
痛みはさほど無い。興奮しているのだ。けれど早いところ、決着を付けなければ。きっと数分後には、私は気絶する。
「
結局。私の覚えた射出系攻撃魔法はこれひとつだ。
「……ええ。次は、エルルさんの番ですわね。
フーナは再度、地面を隆起させて周囲を壁で囲んだ。防御態勢だ。
「わたくしはあなたの風の結界を破りましたわ。あなたは、わたくしの土の結界を破れますの?」
挑発的だ。今ここで私を攻撃しないのは、これが殺し合いではなく試し合いだからだろう。目的は私を仕留めることではない。魔法をお互いに披露することだから。
「…………ふぅーっ」
息を吐いて。吐き切って。
駆け出した。
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