第142話 気持ちの良い摩天の朝

 天上を見上げると、無限に広がる空。


 眼下には、遥かに遠くから続く雲海と、その切れ間から青々とした森。


 ここからさらに上に、巨大な建造物が山から生えている。遠近感が本当に麻痺しているらしい。


「…………!」


 一瞬、脚の痛みを忘れるくらい。

 息を呑んだ。


「ふふふふ。驚いていますわね。これがアラボレアの景色。あちらに見えるのは天楼! ドワーフ建築の全てを投じた世界一の建造物ですわぁ!」


 フーナが得意気に髭を揺らす。確かにスケールが違う。エデンの大森殿とは。


「さあこちらへ。まずは朝食を摂りましょう? お話はそれからですわ」


 空気が澄んでいる。カラリと晴れた空。レドアンにもこういう所があるのか。風が吹いても砂が細かく舞わない。気温はやや低め。

 剣山のように尖った峰が集まっており、それぞれに建築物が。不思議な光景だ。街……なのだろうか。地上とは形が全く違う。






◆◆◆






「さあ、お掛けになって」


 案内されたのは、魔天楼がよく見えるテラス。崖から突き出した大岩の上に、木材を組んで作ったテラスだ。アンバランスに見えるけれど、ガッチリと安定している。丸い木製テーブルを3人で囲んで座る。フーナの背後には昨日の護衛がふたり。

 厨房であろう建物からメスドワーフのウエイトレスが出てきて、皿を並べてくれた。


「アラボレアユニコーンのソテーですわ。それに高山の山菜をいくつか添えるんですの。ミルクは勿論アラボレアホルスタイン。麦酒のが良いのですけれど、それは夜に取っておきましょう。どうぞ、召し上がれ?」


 店……には見えない。けれど、宮廷にはもっと見えない。ここはどのような場所なのだろう。誰用に作られたテラスなのか。


「……いつもここで食事を?」

「たまにですわ。基本的にわたくしは魔天楼で生活しています。まあ、今は居心地が良くないのでここと交易街を行き来しておりますが」


 ここへ来ても、フーナと使用人以外を見ない。他の王族や貴族は別の峰に居るということなのだろうか。上層。静かだ。


「美味しいわ」

「あらぁ。嬉しいですわ。お客様はよく、お肉料理とミルクは合わないと仰るんですのよ」

「確かに意外だけれど、これは美味しいわよ。ユニコーンは初めて食べるわ」

「まっ。では残念ですわね」

「えっ?」

「アラボレアのユニコーンを味わってしまえば、もう他のユニコーンでは満足できないですわよ」

「……ふふ。そうなのね」


 気持ちが良い。見栄を張った言葉だったけれど、本当に良い朝だ。脚も、ルフのお陰で少し楽になってきた。






◆◆◆






「……さて」


 食後。


 食器が片付けられてからひと息ついたフーナから、緊張感が漂ってきた。


 私達は視線を彼女へ向ける。


「あまりドワーフを……。わたくしを、ことですわよ。エルルさん」

「……どういうこと?」

「ふん。まあ良いですわ。では早速、魔法交換会をいたしましょう。動き回れて、多少の破壊も問題ないような場所がありますの。付いてきてくださるかしら?」


 フーナが立ち上がる。くるりと向きを変えて、テラスから飛び降りた。

 やはり別の峰へ往くのか。木々の中に飛び込んでいった。


「……私達も行きましょう。ルフ」

「はい。勿論警戒は解きませんよ」


 先程の、フーナの言葉が気になる。けれど、それらは後だ。まず、彼女の要望を叶えてから。それから、私の番だから。


 私達も崖を飛び降りる。ふわりと風を纏う。フーナの魔力は他のドワーフより飛び抜けている。すぐに追える。ユラスの時よりも簡単だ。


「…………速いわね。山道を滑るように進む魔法が?」

「いえ。あれは魔力強化です。山登りは経験と技術でしょう。素のスペックですよ」

「……向こうのホームグラウンドというのは分かっては居るけれど」


 あれが、本来のドワーフの速度だろう。馬車と同じ速度で、道なき山道を駆け登っている。縦横無尽に。殆ど魔法に頼らずに。

 私にも真似、できるだろうか。風魔法の力任せではなく、あんな風にできれば魔力消費や侵蝕のリスクは今より少なくて済む筈だ。

 よく観察しなければ。

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