第141話 弱さを自覚する冒険
「着きましたわ。もう、夜が更けますわね。今日はこの部屋でお休みになって。明日朝にまた、お迎えに上がりますわ」
「…………ええ。ありがとう」
どこに到着したのかは分からない。光の魔法は、深夜には禁止されているようで、途中から星の明かりのみを頼りに登った。
私は地獄耳の魔法を駆使してなんとか登れた。彼女達は探知魔法が得意だから問題なく。ルフは亜人特有の夜目と経験で。
ニンゲンは亜人ほど夜目が効かない。私は相変わらず、ニンゲンと亜人の中間の性能をしているらしい。恐らくニンゲンよりは見えるけれど、彼女達ほどではない。
「木造の簡易宿泊施設ですね。ドワーフというより、ニンゲンの建築に似ています。ここはニンゲンの客も泊まらせられるような用途の小屋なのでしょう。ベッドのある部屋がひとつと、あとはキッチンとトイレだけですね」
「……そう」
ドワーフの都市も景色も今は見えない。ただ、天空の星々が輝いているだけ。全貌は明日までお預けだ。
「エルル。もう休みましょう。フーナ姫が、ここは標高7000メートルと言っていました。そんな所まで、たった6時間で登ってきたのです。今はまだ興奮して気付いていないだけで、相当疲れている筈です。ベッドメイクは既にされているようですから」
「…………ええ。そうさせてもらうわ。この部屋を、地上の気圧にしてからね。……高所に居る間は、気泡の魔法を頭部にだけ付与しておくことにするわね」
「魔力侵蝕は大丈夫ですか?」
「潤いの魔法が要らなくなったから、大丈夫よ。私だって、侵蝕への耐性は少しずつ上がってるんだから」
「…………侵蝕さえなければ、元々魔力量は破格でしたね。分かりました。では休みましょう。明かりを消しますよ」
「ええ。お休みなさい」
ベッドはひとつ。
当然、ランプの明かりを消したルフと一緒にベッドに入る。
「レドアンなのに、少し寒いわね」
「気圧が低いと気温も下がるのでしょう。……科学的なことはニンゲンの領域なので詳しく知りませんが」
「疑問は全て、明日以降フーナに投げたら良いわよ。寝ましょう。抱き合って良いかしら。そう言えばウラクトで、あなたを抱き締められずに居たわね」
「……もう2年前のことですよ。なんで覚えているのですか」
「ふふっ……。暖かい」
「………………はい」
細い身体。肌は汗でベタついている。明日は一番に身体を拭かなければ。
身体が汚れているまま眠るのは慣れている。旅とは、そういうものだ。ニンゲンの国ではなく、自然界を旅しているのだから。
「……足を絡めるのはやめてください」
「んっ」
そういえば、背。もうすっかり抜かしてしまった。私ばかり、老いていかないだろうかと少し不安になる。
暖かい。
ルフが好きだ。
だけど、確かに。この好きは、ジンへのそれとは少し違うような気もする。はっきりと、今の自分の感情を言語化できない。好きも、広範囲なのだ。
◆◆◆
「……エルル?」
朝。
私は動けなかった。
いつも。いつも思う。
彼女達に悪意など無い。お互いに分からないからだ。
如何に、ニンゲンの肉体が弱いのか。私だって知らない。私はいつも
「…………ぅっ」
「脚ですね。治癒魔法を掛けます。じっとしていてください」
痛い。何故朝になって痛むのだろう。昨夜は特に気にならなかった。疲れていて重たかったけれど。立てないほど痛いなんてこと。
「…………っ」
こんなに違うのだ。魔法を使って楽をしていた筈なのに。ルフも皆も、ただ自分の足腰で登っていたのに。
私だけ。
「…………情けないわね。エデンで、身体は鍛え終わったと勘違いしていたわ」
「登山に限らず、経験が重要です。余り気に病むことではありませんよ。これも、エルルの冒険の1ページです」
「……そう言ってくれると楽になるわ」
冷やす。ルフの治癒魔法と、私の冷却魔法で。なんとか無理矢理、動ける状態にする。風の魔法を駆使すれば、なんとか。
痛い。爆発しそうだ。
「おはようございます。フーナですわ」
「!」
分かっている。探知魔法で彼女達が来ていることは。
今日は早速魔法交換会だ。フーナはドワーフ王や周辺の者には私達のことを告げていない。完全な独断。ここで失敗はできない。例えばここの医療施設などにお世話になる訳にはいかない。
立ち上がれ。
「ええ。おはよう。良い朝ね」
毅然としろ。
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