第49話 暖かい理想の魔法の使い方
男としての矜持か。衆人環視の重圧か。私への意地か。
ニードは。彼は私の風の領域に果敢に踏み込み、無数の、石や枝の刃で切り刻まれながら。
結局私の所まで到達せずに、血みどろになって倒れた。
「…………凄え。ニードに勝っちまった。魔法使いだって奴に敵わねえのに」
「これが、エルフの姫か……!」
周囲は沸いた。やはり彼はこの支部でも指折りの強者だったのだろう。しかし、それに見合うほど慕われてはいなかったようだ。彼の取り巻きも大変だ。あの下痢のにおいに毎日耐えなければならないのだから。
「………………」
急に居心地が悪くなった。私はディレが気になったけれど、ギルドへ戻らず、そのままその場を立ち去った。
◆◆◆
「なるほど。ギルドへ行ったっきり、街でも全然見ないなと思ってたけど。大変だったんだね」
私は、自分ひとりでは生きていけない。ここ数日ずっと、それを実感している。
ファルの農場を訪ねてみた。というより、ここ以外に行く所が無かったのだ。
「…………ファル」
「ん? なあに」
彼女との別れ際に言った通り、私を優しく抱き締めてくれた。
無性に甘えたくなる。どうして、私は貰ってばかりなのだろう。どうすれば、与える側になれるのだろう。
どうしたら、彼女やディレのように、誰かを包み込む暖かく優しい包容力を持った強い女性になれるのだろう。
私には魔法しかない。男性のような強さしか持っていない。
この暖かさを身に付けられるのなら。私に武力は要らない。
「何か、この農場で手伝えることは無い? 仕事が欲しいの。ギルドにはお世話になっていて、その分を働いて返したいの」
「…………そっか。メンバー登録はしたの?」
「勿論。そうしないと受け付けないと支部長から聞いたのよ。手続きは看護師さんに手伝って貰ったけれど」
「分かった。じゃあ早速だけど、サターン米の収穫、してもらおっかな」
「ええ」
良いにおいがする。自然の。土と風と森のにおい。ディレの清潔で上品なにおいも好きだけれど、ファルの故郷を思い出すような森のにおいも好きだ。
「?」
ふと思い、離れる。依存してしまいそうだ。もっと甘えてしまいそうだ。私はもう巣立った。自分の翼で飛ばなければならない。
飛べるように、ならなければならない。
◆◆◆
「サターン米はね。普通のお米とは違って田植えから数週間で収穫できるの。南シプカの気候とも相性よくって、一年中生産可能なんだ。だから今からの時期も全然忙しいの。人手は正直、足りてないから。エルルさんが来てくれたら大助かりだよ」
ファルの説明だ。総面積、4キュージョ。単位は私は詳しくないけれど、巨大森中心区の1/10ほどだろうか。広い。一面、明るい黄白色。田の向こうにトットが見えたけれど、表情が分からないほど遠い。
「従業員は10人居るんだけど、今日は殆ど買い物で隣町まで行ってるね。じゃ、やろっか」
「ええ」
やり方は教わった。
とにかく、この稲穂を刈れば良い。ファルにナイフを一本、貸してもらった。
「危ないから、下がっていて」
「へ?」
私の魔法は。
戦いより、こういうことに使うべきだ。心からそう思う。
風は、ナイフを水平に運んでいき。縦横無尽に駆け巡る。4キュージョ分の稲穂を全て刈り取るのに、約5分。
「………………!」
ファルは呆気に取られて、その様子を見ていた。
「……あ。一気に刈ったら保管場所がないかしら。ごめんなさ」
「なにそれ!? 凄いエルルさん! 魔法凄い! やったー! ねえトット!! こっち来て早く!」
「…………ふふ」
我を取り戻したファルは、両手を挙げて喜んでくれた。大声で、嬉しいと叫んでくれた。
私の魔法を褒めてくれた。
そして私は、魔力侵蝕によってふらりと倒れた。
「エルルさん!?」
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