11話 無言の訓練とまだ見ぬ姉弟子

「取り敢えず、これでサイズが合うか試してくれ」


 ログインしてアイリス工房に直行したら、アイリさんが出会いがしらにそんな事を言った。

 反射的に鑑定する。


[木工職人の試作ガントレット]

 分類 篭手(左)

 耐久値 29/30

 攻撃力 2

 防御力 6

  VIT +6

 木材のみで作られた試作品のガントレット。高い技術によって模型が実用武器にまで昇華した。


 ……何をどうしたら木材だけでガントレットが作れるんだ?

 呆気あっけに取られつつもめてみると、ぴったりのサイズだった。


「手の大きさなんてよく分かりましたね?」

「観察スキルは知っているかい?」


 知らないので首を横に振る。


「観察スキル自体は集中した状態で魔物と戦ってればいずれ手に入るんだが、意識して鍛えれば手の大きさや腕の長さといった特徴を掴めるようになるんだよ」


 詳しく聞いてみると、最初は見慣れた魔物のHPバーが見れるようになる程度だという。鍛えるとリーチとかが分かるようになってくるのだとか。

 むしろ、まずはHPバーが見たいな。

 終わりの見えない戦いはつらいのだ。


 そんなやり取りがあってから訓練が始まった。まずは格闘スキルと『フリップフィスト』の熟練度を上げるという事で、布をぐるぐる巻きにした木刀を左手ではじく事から始めた。

 最初だから、という理由で数パターンの軌道の木刀をアーツで弾いていく。

 ちなみに使うのは、ガントレットを装備した左手だけだ。よく分からないが、右は気が向いた時で良いらしい。


 小一時間も経った頃には木刀から布が取り去られ、軌道も右半身を狙った物や突きが含まれ、フェイントや連続攻撃が混ざるようになっていた。全力で振っている訳ではない上にゲームなので直撃してもさほど痛くないのだが、それはそれとしてスパルタだとは思う。何も言わずに手数が増えていくのだ。

 ちなみにクールタイムがあるので、アーツと通常の弾きを併用して対象している。

 その間アイリさんはほとんど喋っていなかった。ただ、顔を見ると凄い集中力で観察されている様な気がした。これが観察スキルだろうか。

 変な足の動かし方をすると、アイリさんはここぞとばかりに姿勢を崩しにかかる。これも観察スキルだろうか。アイリさんは叱ったりするのではなく、良くない動きをしない様に身体に染み込ませるつもりなのだろう。


 でも、なんとなく分かってきた気がする。背中が見えるほど右を向いてはいけない、相手に対して足を縦に並べてはいけない、振り上げられた武器に釣られてすぐに左手を持ち上げてはいけない、平行足で防御してはいけない、などなど。

 勘違いも含まれているかもしれないが、おおむねこんな所だろうか。


 さらに攻撃の回転率を上げたアイリさんの攻撃を弾き続けていると、満足気に頷いたアイリさんに、休憩を言い渡された。次は片手剣の訓練をするとも言われた。

 工房の奥からミトンのような物を取り出して来たアイリさんが次はこれを使うと言ったので見せてもらうと、


[綿布の厚手袋]

 分類 篭手

 耐久値 13/15

 攻撃力 1(-2)

 防御力 2

  耐熱 +1 (耐熱付与)

  防寒 +2 (防寒付与)

 中に綿が詰められた手袋。熱い物を持つのに適している。


 説明文が完全にミトンだった。

 なお攻撃力1(-2)とはなんぞやという話だが、ヘルプによると今回の場合は「自身の攻撃力を1とし、相手の防御力を+2した値でダメージが計算される。」とのこと。

 つまり相手の防御力に2を加算する装備と考えれば良い。つまりは手加減武器である。ちなみに素手だと攻撃力1だ。

 なお『耐熱付与』というのは、本来自分の習得していないスキルやアビリティというのは装備品に+補正があっても適用されないのだが、使用者が『耐熱』を習得していなかった場合も「熟練度0で習得している」と見なして計算される機能だ。


 そして今、まだ休憩が終わるまで時間があるので、工房の裏手で魔法の練習をしている。使う魔法は『術式 キューブ』。

 こちらも明らかに練習用なのだが、『術式 エレメント』よりも少し規模が大きく、ルービックキューブ程の範囲に展開される。更に継続時間が長く、集中力が切れると立方体が崩壊する。

 立方体が崩れないよう気を張っていると、そこへアイリさんがやって来た。


「魔法の練習ねぇ……魔結晶は使わないのかい?」

「魔結晶……ってなんですか?」


 あ、『ウォーターキューブ』が崩れて手が濡れた。上手く出来たら飲もうと思っていたのに……

 それはともかく、少なくともあの育児書には魔結晶という単語は載っていなかったはずだ。


 アイリさんによると、体内から放出された魔力は基本的に思い通りの制御は出来ないが、体内の魔力を操るというのも自分の血液を操るように難しい。だが魔結晶に溜めた魔力は制御が可能な上に、体内の魔力よりも容易に操れるのだとか。


「まぁ、習いたての頃は魔結晶に思い通りの色の魔力を貯める練習道具としても使えるのさ」


 ちなみに彼女は普段使いの篭手にめ込んで使っているらしい。戦闘中など動きながら攻撃魔法を使う際は魔結晶の補助が無いと危ないのだとか。


「学問的な事はよく分からないね。あたしが知ってるのは魔法を戦闘の何処に組み込むべきかくらいさね」


 やる気があるなら魔法を組み込んだ戦い方も教えてくれるとのこと。ついでに魔結晶の事や、本に明記されていなかった雷属性と風属性の事も尋ねようとしたのだが、


「そういった事はあんたの姉弟子に詳しいのがいるから、会ったら聞いてみるといい」


 と流された。というか姉弟子の存在は初めて聞いた。教え慣れているとは思っていたが、他にも弟子がいるらしい。

 弟子を名乗って良いんだな、なんて思ったのは内緒だ。そういえば呼び方がいつの間にかレイちゃんからレイに変わったと思ったが、そういう事か。


「ちなみにあの子は最初の頃、さっきのレイみたいな事したらずっと何かしら騒いでたね。まずは口で教えてくれ〜とか」


 なんとなく想像していたが、感覚派のアイリさんとは異なり姉弟子は理論派のようだ。ちょっと訓練風景が気になった。


 この日はその後、振りかぶった剣の内側に入られてどつかれ、突き出した剣を弾かれて足払いされ、横薙よこなぎにした剣をやり過ごされて組み伏せられてからログアウトした。


ーーーーーー

 物理系アーツにはMPを消費するものとしない物があります。初期アーツの多くはMP消費0です。

 蛇足ですが、ミトンの『耐熱』は『属性耐性』、『防寒』は『環境耐性』のアビリティで、異なるスキル群となります。

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