閑話1 久方ぶりの弟子(アイリ視点)
「お久しぶりです。お師匠様」
先程まで一緒にいた少女の事を考えながら酒を飲んでいたアイリを呼ぶ声がした。勝手に入ってきたのではなく、部下が通したのだろう。
「あたしの事を様付けで呼んじゃいけない身分だろうに。何か用かい?」
「
久しぶりに会った弟子の話題は
「本来なら、お師匠様の指導を受けるために大金を出しても良いという人は多いのですけれどね……」
「金があってもセンスや度胸がない
アイリは金に困っている訳では無いし、慈善事業がしたい訳でもない。成長したらどう
無い才能を補うためだけの鍛錬や、やる気のない本人をその気にさせる事に彼女はやりがいを感じない。
「それなら、金が無くてもあたしにとって最高の報酬を用意出来そうな子に目をかけるさ」
「私だって何度も訪ねてようやく弟子にしてもらいましたのに、新人冒険者が偶然にも脱走したタロを捕まえ、その場の流れでアイリさんの弟子になるなんて、世界って理不尽ですね……タロを捕まえたのは凄いですけど」
「貧弱な身体でタロを捕まえて、あまつさえ小盾で格闘スキル覚えるなんて面白い新人、放っておく方が無理さね」
「しかも最初が『フリップフィスト』ですか。あれは初期アーツの中では一番覚えにくいはずなんですけどね……」
格闘スキルを習得したい者は、他のメンバーが抑えた上でしっかりと構えて篭手で攻撃するというのが一般的だ。戦闘スキルの初期アーツというのは対応する武器を装備するだけでも習得の可能性が高まる。
そして格闘スキルが育ち、格闘関連の動作の補正が大きくなってから実践で『フリップフィスト』を習得し、弾き防御を身に付けるのだ。
使っていれば勝手に覚えるというのがアイリ流だが。
そんな世の中、装備品の補正をねじ伏せ、一番習得難度の高いアーツを一度の戦闘で習得したというのは、アイリとしては久しぶりに心踊らされる展開だった。
「お師匠様に才能を見出されるとは、羨ましい限りです。私は常々凡人と言われて来ましたので」
「可愛い
不満そうではないが、言葉通り羨ましそうな様子の弟子にアイリは苦笑する。アイリとて意地悪で凡人と言ってきたのではない。目の前の弟子は言うなれば万能の才であり、彼女に言わせてみればひとつひとつのセンスは「悪くない」止まりなのである。
それを理解した上での戦い方を身に付けさせるためにそう言ってきたのだ。その事はお互い承知の上でのこの会話である。
「ただねぇ、格闘のセンスがあるのかと言われるとそうとも言えないんだよ。全体的なバランスはあんたの圧勝だろうさ」
解散する前に軽く稽古をつけてみたのだが、格闘の天才という訳ではなく殴りや蹴りは実に普通で、凡庸だった。
代わりに弾きや掴みからの崩し、足さばきには目を見張るものがあったのだが。戦闘の補助として鍛えれば十分な戦力になると、アイリが自信を持って言えるほどに。
「少しばかり変わった道を薦めることになりそうだが……まあ大丈夫だろうさ」
「お師匠様が「少し変わった」と言うなんて、その子は一体どんな化け物に鍛え上げられてしまうのでしょうか……」
「あたしの事、何だと思ってるんだい。ちゃんと実用的で、あの子の才能を活かした戦い方を考えているさ」
「それはそれは、今から彼女にお会いするのが楽しみです」
そうしてアイリは、新たな弟子をどう育てるべきかについて、二番目に新しい弟子と語り合った。
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