6話 初戦闘と受け継がれし伐採斧

 パンフレットに描かれていた地図を見ると、街の南東から出るのが一番近いようだ。地図を見たからかメニューのマップにもうっすらと森が表示されていた。

 アトラは南西の「水の門」、北の「火の門」、南東の「風の門」から出入りできる。冒険者ギルドから風の門へ向かうと、木工場のエリアに出た。

 通りからも木工職人らの作業が見れ、なかなか楽しい。


「タローーー! 待てーーー!」

「アオォォーーーーン」

「……げっ」


 前からリードを引きずって犬がこっちに向かってダッシュしてきた。後ろでは作業着のような格好をした男三人が追いかけている。

 ただの犬と侮るなかれ。こいつ、大型犬よりもかなり大きい。この体少女なら上に跨ると絵になりそうだ。逆の場合は今にも食われそうだが。

 見た目だけは大人しそうな大型犬なのだが、遠吠えの迫力とかもう、まるで狼だ。表情は非常に楽しげではあるが。


「やべ、かれるっ!」


 敵意が無さそうとはいえこの体格差。スピードが乗っている相手だと犬に轢かれて死亡も有り得る。

 全力で横っ飛びに回避した。


「よし! あ、ちょ、いてっ……いててててて」


 ベシャっと倒れつつも、たまたま目の前に来たリードを掴んだまでは良かった。

 しかしSTR15。乗れるようなサイズの四足動物との力勝負ではかなわず、逆にリードで引き摺られてしまう。


「ま、待って、まじ止まってぇ!」

「ナイスだ嬢ちゃん! その手を離さないでくれ!」

「無茶言うなーー!!」

「アウォォォーーーーン!」


 AGIは初期値10なのでまともに走ることも叶わない。なんとか二足歩行に戻ったものの、踏ん張るなんて無謀だ。

 よく見たらこのリード、カラビナみたいな金具と一緒に木片がくっついている。固定していた土台ごと破壊してきたようだ。

 そんな感じでしばらく膠着状態ジェットコースターが続いていたのだが、それも終わりを迎える。

 犬が右に曲がったため、目の前に街灯が迫ってきたのだ。


「ーーっ! やべ!」


 咄嗟に斜め前にジャンプして直撃をまぬがれる。が、右に飛んで犬と街灯を挟むようにしてしまったため今度は後ろに引っ張られてしまう。


「ーーぐぇっ」


 今まで全力で前に進んでいたのが、いきなり後ろに方向転換させられた。リードにしがみついていた両手はその場に残り、両足が前に投げ出される。

 そしてまたしても街灯が近づいてくる。しかしレイはこのチャンスをのがさなかった。


「こぉんのぉぉーー!!」


 発声練習してまで気を使っていた女の子らしさはどこへやら。最終的に両足で街灯にしがみついた状態で、リードを一周まわした輪をカラビナで作り、レイはこの追いかけっこ大騒動に終止符を打った。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 まだ街から出てもいないのに非常に疲れた。HPを見てみると20近く削られており、逆に負荷がかかったからかVITとAGIが1増えていた。初のステータス上昇である。

 街灯を背もたれにし、タロに顔を舐められながらしばらく休んでいると、ようやく男たちが追いついた。


「すまねぇ嬢ちゃん、本当に助かった」

「……飼い犬の管理くらいちゃんとしてくださいよ」


 別に構わないのだが、文句のひとつも言いたくなる。おそらく木工職人であろう男たちは、鍛えているためか犬……おそらく「タロ」のリードを掴んで引っ張っていた。


「まじですまねぇ。親方から預かってたんだが、管理が甘かった」


 なんでも三人のうちの一人が新人で、彼が馬を繋ぎ止めておくための所にリードをセットして離れてしまったらしい。

 ……つまり馬より力が強い、と。


「んでな、嬢ちゃん、タロ捕まえてもらったのに礼のひとつもしなかったら親方からぶん殴られるんだ。それは別としても何かしてやりたいんだが、時間はあるかい?」


 ログアウトする予定の時間まではかなりある。立てていた予定もただの探索だ。時間制限付きの依頼を受けた訳でもない。

 という事で、彼らについて行くことにした。


 到着したのは彼らの親方がいる、「アイリス工房」という木工場。

 親方を呼んでくるという事で少し待っていると、中から女性が現れた。


「いやぁ、どうやら大変世話になったみたいだねお嬢ちゃん。あたしゃアイリ。この工房の親方をやってるよ」

「あ、初めまして。レイです。一応冒険者やってます」


 ちなみに逃がしてしまった新人さんは、他の職人さんに頭を叩かれていた。飼い犬を仕事場に連れてきて部下に預けたアイリさんもどうなんだろうとは、思わないでもないが。

 意外と他の職人に頼まれてタロを連れてきてるのかもしれない。職場のアイドル的な意味で。


「お、レイちゃんは冒険者成り立てなのかい?」

「そうですね。ついさっき登録して、その足でノルの森の浅い所を覗いてみるつもりでした」


 言外に、そこでタロに引き摺り回されたと言ってみた。多少アイリさんは気にしないんだろうけど。


「ならしばらくは何かと入り用だろ。ちょっくら早いが、そろそろ間伐かんばつの時期が近くてな。お礼と言ってはなんだが、その手伝いをしてみないかい? 報酬は1000Gと、一本切る事に500G追加だ」


 どうやら、お礼代わりに仕事を頂けるようだ。受けるつもりだった常設依頼と比べると、報酬も悪くなさそうな気がする。


「親方、ちょっと少なくないっすか?」

「うちの管理区域は森の深くだろ? どうせフォレストウルフの群れと戦うんだから、見学でもさせてやればいいんだよ。護衛付きで勉強出来ると考えたらむしろお得だろうさ」


 実はノルの森の一部は木工場ごとに管理区域が設けられており、そこで勝手に木を切ることは出来ないのだという。

 そしてこのアイリス工房の区画はフォレストウルフの群れが出るとのこと。

 はぐれが相手とはいえぶっつけ本番で戦うことになる予定だったので、戦い慣れてる人の動きが見れるというのは良い機会だった。常設依頼の薬草も邪魔にならない範囲で拾っていいとのことだったので、合算すると一人で森に入るより報酬はかなり高くなる。

 本当は手伝いなんて要らないのに、森での戦いを体験をさせようとしてくれているのだろう。その上お金まで貰えると。

 喜んで参加させてもらうことにした。


 アイリさん達が荷物を取りに戻っている間は中で待たせてもらい、冒険者ギルドで貰ったパンフレットで予習しておく事にした。魔物と植物について軽く目を通しただけだったのだが、「採取」と「鑑定」の熟練度がちょっと上がっていた。知識だけでも上がるらしい。


「お、ちゃんと勉強してるみたいだね。それはそうと、今回の相棒を選びな」


 なんでも、工房に何本もあるから気に入った斧を使ってくれて構わないのだと。


[木工場の伐採斧]

 分類 両手斧

 ATK 20

 耐久値 47 /50

  STR +10

  伐採 +15

 一般的な伐採用の斧。魔物と遭遇した時にはそのまま戦斧として使用可能。


 耐久値にばらつきはあったものの、どれも同じ性能だった。

 どれでも良いかなぁ、なんて思いつつ眺めていると、やけに古めかしい斧が一本混ざっている事に気付いた。


[受け継がれし伐採斧]

 分類 両手斧

 ATK 30

 耐久値 87 /100

  STR +20

  伐採 +50

 (スキル習得 『伐採』)

 長年に渡り木工職人に愛用され、受け継がれてきた伐採斧。

 元々は少し重めで頑丈なだけの斧だったが、時と共に職人達の技と魂をその身に刻んできた。現在は新人の伐採を指導する際にも用いられており、実践を通して伐採の何たるかを教えてくれる。


(……まじか)


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 ちなみに、今回がレイの最初の戦闘たたかいだというのが作者の見解です((

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