第39話 告白
「メリザンド、わたしはお前が公式寵姫となってから、できる限り動向を見守っていた」
「えっ?」
メリザンドは青息吐息の
リュシアンはばつが悪そうに続ける。
「執着心の薄そうなご婦人の好意を利用して、放蕩しているふりをしながら社交界へ顔を出し、お前やその周囲に関する噂を集めていた。有事の際は、すぐに動けるようにと」
夫の言葉に、メリザンドははっと目を見開く。彼が『寝取られ夫』のそしりを受けながらも所領に戻らず、いろいろなご婦人と浮名を流していると聞いてはいたが、まさかそんな理由があったなんて。
「なぜ……そんなことを? 王命で結婚させられた女のことなど、捨て置けばよいのに……」
わななきながら問うと、リュシアンはメリザンドから目を逸らす。彼の表情は、まるで罪の告白をするかのような苦悩に満ちていた。
「責任を……感じているからだ。お前が陛下に見初められ、息の詰まるような生活を強いられているのは、元はと言えばわたしのせいだから……」
「ど、どういうことです?」
手の震えを鎮めるためにショールをきつく握り、身を乗り出す。
「三年前の国立歌劇場、創立記念公演の会場で……陛下がお前を見初められたそのすぐ横の席で……わたしもまた、お前に魅了されていたのだ」
「え……?」
それはまさに青天の
茫然自失とするメリザンドに構うことなく、リュシアンは続ける。彼の視線はもうさまようことはなく、ただ真っ直ぐメリザンドを見据えていた。
「いや、お前に心奪われたのはわたしが先だ。わたしが夢中でお前を見つめていたから、その視線を追った陛下もまたお前に心奪われたのだ。わたしが、平凡な男爵令嬢と一国の王太子の縁を生じさせてしまった。お前とその家族の運命を狂わせてしまった」
「リュシ、あ、えっ」
戸惑うメリザンドの声は、リュシアンに届かない。彼の緑色の双眸は、いつになく熱く燃え滾っているようだった。恐怖さえ感じるほど……。
「あの御方がお前を見初めさえしなければ、わたしは
「……あのっ」
「お前を公式寵姫にするため結婚しろと命じられたときは、忠誠心を試されているのだと思った。わたしの気持ちを見透かされているのだと。わたしは臣下として、何食わぬ顔でお前を娶り、差し出すほかなかった」
「…………」
「だからなんの心配もいらない。公式寵姫の座から下ろされたとしても、安心して私のもとへ帰ってこい」
舞台俳優のように伸ばされた手を、メリザンドは取らなかった。ただ、冷めた目で見つめる。
対するリュシアンは、きょとんとした表情でまばたきを繰り返していた。その姿があまりに滑稽で、メリザンドはわずかな冷笑を口元に刻んだ。
「リュシアンさま」
はっきり良く通る声で夫の名を呼ぶと、彼は差し出した手を所在なさげにテーブルの上に落とし、不満そうにメリザンドを見つめた。くちびるを真一文字に引き結ぶ姿は、すねた子供のようだった。
「わたしが王宮へ上がる日、家宰へ託した手紙はお読みになりました?」
「ああ、読んだ。お前もわたしのことを想っていてくれたと知り、嬉しかった」
むっつりと告げられた答えに、メリザンドは笑みを濃くする。
「では……あなたは、『勝利』を確信した上でここにいらして、先ほどの言葉を述べられたのですね」
「勝利?」
「わたしが感涙にむせびながらあなたの手を取るという、あなたにとってたいそう都合のよい結末のことです」
嘲りを含んだ物言いをすると、リュシアンは無言で
かつてのメリザンドだったら怯んで口ごもっていたかもしれないが、この短期間ですっかり度胸が据わった。少し年上の男から不愉快の念を放たれた程度、なんの
「まあ、仕方のないことですわ。リュシアンさまは、女性に
「お前は、わたしを拒絶するというのか? では、あの手紙にしたためられていた内容は……」
「なにひとつ、嘘はございません。……いいえ、噓はございません
過去形を強調すると、リュシアンは極限まで目を見開く。それからごくりと喉を鳴らし、なにかを悔やむように目を伏せた。あるいは、プライドを傷つけられて意気消沈しているだけかもしれない。
どのみち、メリザンドがこれから告げる言葉は変わらない。
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