第34話 王妹の結婚 その1

 王妃との茶会からしばらく経ったある日の晩、メリザンドは王の寝酒に付き合っていた。


「お前は意外と酒に強いな」

「父も兄もそうでした。わたしもしっかりとその血を継いでいるようですわ」


 とは言ったものの、すでに頬は熱く、気分も高揚している。身体もふわふわしているから、王のたくましい身体にしなだれかかってしまっていた。


 王も程よく酩酊しているらしく、口移しで酒を飲ませてくる。くちびるの端からこぼれた酒が顎から首筋を伝うと、王はすかさずそれを舐めとった。

 くすぐったさに嬌声をあげて身をよじれば、さらなる追い打ちがやってくる。


 そしてそのまま、ソファの上でむつみごとが始まった。


 ──こんな堕落した夜も、たまには悪くないわ。


 そう思いながら、普段よりも大胆に己を開放する。すべてを酒精のせいにして、とびきりの悦楽に身を委ねる。

 永遠に終わらないのではと思うほどの長い営みのあとは、汗まみれの身体を寝台に預けて余韻に浸った。


「喜べメリザンド、間もなく、お前の荷が軽くなるぞ」


 微塵みじんも疲弊した様子のない王が、メリザンドの髪をもてあそびながら言う。


「どういうことでございましょう?」


 胸を上下させながら視線を向けると、王はゆっくりと口角をつり上げた。


「ヴィクトワールの嫁ぎ先が決まった」

「それは……! おめでとうございます」


 あまりに唐突な話に、一瞬だけ息が詰まった。気の利いた祝いの言葉は出てこなかった。


「お相手はどこのどなたか、お聞きしてもよろしいでしょうか」


 ガッリアの王妹の嫁ぎ先なのだから、さぞ良縁に違いない。仲違いしてからずっと意気消沈しているヴィクトワールも、これで元気を取り戻してくれたらいいが……。


「ホルミアの国王だ」


 王からの返答に、メリザンドは目を見開く。

 ホルミアは北の小国だが、ヴィクトワールと年の近い王太子がいたはず。彼が即位したのだろうか。

 しかし、王が崩御したという話は聞かないし、ならばなんらかの理由で譲位したということか。


 事情はどうあれ、嫁いですぐに王妃となれるのは幸運なことだろうし、ホルミアは小国ながら近隣の文化を積極的に取り入れ、非常に洗練された国だと聞く。決して悪い縁談ではないはずだ。


「ヴィクトワールは、ごねるだろうな」


 と、王はやれやれと言わんばかりに肩をすくめる。


「なにせ相手は、四十半ばの中年王だ。亡き王妃との間に三人も王子がいるし……」

「え……」


 驚いたメリザンドは、思わず身を起こしていた。


「どうした?」

「い、いえ……。たしかにその年齢差では、ヴィクトワールさまはとてもお嘆きになるでしょうね」

「しかしもう決まったことだ。ホルミア側もずいぶんと乗り気でな。王は、健康で若い妃との間に、もっと子をもうけたいと意気込んでいるそうだ」

「左様ですか……」


 メリザンドは笑みの仮面をかぶりながら、内心で震える。


 ホルミア王が四十を過ぎてなお『男盛り』と言えるほど若々しければ問題ないだろうが、そうでなかったら? 

 もし、中年臭を漂わせる肥満男性だったら?


 そんな男が、『若い妃との間に子供を……』と浮かれている光景を想像すると、おぞましさに背筋が凍る。

 肖像画があるかもしれないが、それを見たいと口にする勇気が出なかった。


 それに、すでに三人も王子がいる以上、ヴィクトワールの産んだ子は王座に就けないかもしれない。

 それでも、王妹という外交カードをこのタイミング切るということは、きっとこの婚姻は、政治的に重要な意味を持つのだろう。

 どうあってもヴィクトワールの命運は決定した。


 明るく朗らかな彼女のことだから、どこへ行っても卒なく生きていけるだろう。年上の王にはチヤホヤと愛され、案外悪くない王妃生活を送るかもしれない。そうであって欲しい……。


 哀れみのこもった溜息をついたとき、王がくつりと笑った。


「あれにはさんざん迷惑をかけられただろう。まとわりつかれて、姉妹ごっこを強要されて、さぞ気疲れしたことだろう」

「そ、そんなことはありません!」


 王の言葉に驚き、慌て否定した。

 最終的に仲違いする結果になったが、迷惑なんてとんでもない。彼女が親しくしてくれたからこそ、メリザンドは宮廷で安定した地位を築くことができた。姉妹のように振る舞うのも楽しかった。


 それを王は、ヴィクトワールからの一方的な好意の押し付けだと勘違いしていたのだろうか。まさか、それゆえにヴィクトワールの輿入れをいたというのか?


「これでお前は名実共に、このリュテス宮殿の女主人だ。誰に気兼ねするでもなく、思うがままに振る舞え」

「いえ、そんな、わたしは……」


 焦りにうまく言葉が紡げない。

 ヴィクトワールとの関係性の誤解を解かねばと思いつつ、名実ともに宮廷の女主人となるという現実が今さらながらに重くのしかかる。


「お前を見初めたときから胸の内にあった夢が、こんなにも早く実現するとは思ってもみなかった」


 たいそう満足そうな王の笑みを見ていたら、メリザンドはなにも言えなくなってしまった。

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