第30話 王妃からの誘い

「王妃殿下がわたしをお茶会に?!」


 驚きのあまり、メリザンドの顔から笑顔の仮面が剥がれ落ちた。それを装着し直すことも忘れ、眼前の女を凝視する。

 鋭い眼光を持ち、隙のない立ち振る舞いをする女は、王妃の女官長だ。メリザンドが朝の身支度を済ませるのを待って、部屋にやってきたのだった。


「はい、慣習ではお披露目式よりも前に王妃殿下にお会いいただくことになっているのですが、悪阻つわりが続いておりましたので、それが叶いませんでした。そのあとも体調がかんばしくなく、最近になってようやく落ち着かれまして。

 王妃殿下は、バルテ夫人の為人ひととなりを知りたがっておられます」

「非常に光栄なことですわ。喜んで参加いたしますと伝えていただけますか?」


 ──ひええ、いきなり今日だなんて、心の準備ができてないわ。


 内心で恐縮しながら答えると、女官長は見惚れるほど優雅に一礼してみせた。


「かしこまりました」


 そして、さっときびすを返して去っていく。ドレスの裾をわずかたりとも巻き込まない見事な足さばきだった。


 扉が閉まったあと、メリザンドは特大の溜息を吐き出してソファへへたり込む。胸を押さえて、暴れる心臓を必死で落ち着かせた。


 ──ああ、どうしましょう。


 誘いが急すぎる、とにべもなく追い払うこともできたが、女官長の凛とした雰囲気に呑まれてしまった。予定がある、と嘘をつくことさえできなかった。そう言ったところで、じゃあいつが空いているのかと問われただけだっただろう。


 ──当分予定は埋まっていると先延ばしにしたところで、心証を害するだけでしょうね。ならばいっそ、このタイミングで王妃殿下とお会いしておくのが一番いいはずだわ。


 そう決意したものの、侍女からプルヴェ夫人の訪問を告げられると、たちまち弱気になってしまった。入室してきた夫人にすがりつき、意見を求める。


 プルヴェ夫人は険しい顔をして、こう言った。


「先日のヴィクトワールさまとのお茶会、王妃殿下もこちらに気付いておられたようですね」

「ああ、そんな……」


 さっと血の気が引いた。

 たしかに、あれだけかしましくしていれば嫌でも気付くだろう。ことさら、公式寵姫と王妹、その取り巻きの一団は人目を引いたはずだ。


 そして、そこから発せられる嗤笑ししようが自分に向けられていることも、すぐにわかったのだろう。

 ヴィクトワールからしてみれば、それも織り込み済みだったのだろうが、メリザンドにとっては不本意極まりない。


 だとしても、みなをいさめもせず、不快だと退席することもせず、ただ笑っていた自分がいた種だ。

 きっと王妃の茶会では、王妃とその取り巻きに囲まれて、一挙手一投足をつぶさに観察されて……少しでも作法に反することをすれば、『これだから成り上がり者の娘はダメね』なんて笑われるに違いない。


 しかしメリザンドは公式寵姫だ。王からの寵愛を盾にして、王妃へ反撃することもできる。

 むしろこれからの宮廷生活を考えると、どちらの方が立場が上か、思い知らせておいた方が得策だろう。今回のことは好機だと捉えなくては。


 ──ああ、わたしったらなんて驕り高ぶったことを考えているの。


 メリザンドは力なく垂らしていたこうべを毅然と上げると、両頬をぴしゃりと叩いた。


「覚悟が決まったようですね」


 プルヴェ夫人の声に、強くうなずいてみせる。


「王妃殿下にはすっかり嫌われてしまったかもしれませんが、わたしの心にある殿下への敬意は失われておりません。その思いをしっかりと胸に抱いたまま、茶会に参加いたします。

 先日のことを言い訳するつもりもありません。王妃殿下がわたしにどのような仕打ちをなさろうとも、それを静かに受け入れます」

「ああメリザンド、あなたの高潔さには心から敬服します」


 プルヴェ夫人にうやうやしく頭を下げられ、メリザンドは慌てて彼女の肩を掴んだ。


「やめてください夫人。まだ結果がどうなるかわからないのですから」


 今日の茶会をきっかけに、メリザンドの宮廷内での立場が悪化するかもしれない。反対に、王妃の立場が悪化することだってあるだろう。

 場合によっては、王がくちばしを入れてくる可能性もある。彼は一も二もなくメリザンドの味方についてくれるだろうが、それでは王妃の立つ瀬がなくなってしまう。

 宮廷内を引っ掻き回すのは、メリザンドの本意ではない。


 ──公式寵姫として、うまく立ち回らなくては……。


 メリザンドは半ば思い詰めながらも、プルヴェ夫人に向けて優雅に笑ってみせる。


「夫人、茶会にはどのような装いをして行ったらいいでしょうか。一緒に選んでくださいませ」

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