第29話 王妃への嘲弄
その日の茶会は、庭園に面したバルコニーで行われた。季節の花々の咲くリュテス宮殿の庭は非常に広大かつ鮮麗で、散策にも観賞にも適している。
テーブルに並べられたのは、お茶ではなくコーヒー。
コーヒーが男の飲み物だと言われていたのはもう昔のこと。今は当たり前のように女性もたしなむ。
そして、現在流行の飲み方は、粉を煮出し、上澄みをすするタルキヤ風。
カップも同国製で、色は見目鮮やかなターコイズブルー。茶菓子は、甘いシロップのかかったパイに、レーズンの砂糖漬け。
テーブルクロスやクッションにも、タルキヤ伝統の幾何学模様の刺繍がされている。
異国情緒あふれる茶席に、集まった女たちはいつにも増して機嫌となり、おしゃべりが弾む。
会話の中心になっているのは、茶会の主催者でもあるヴィクトワール。
天真爛漫な彼女がいるだけで場の空気が明るくなり、メリザンドの心もほっと和む。
取り澄ました顔つきで腹の探り合いをするような茶会なんて肩が凝って仕方ないから、可能な限り御免こうむりたい。
甘い菓子をつまみながら、とりとめのない話に耳を傾け、適度に相槌を打って淑やかに笑う。堅苦しい宮廷において、こういった無為な時間がたまらなく愛おしい。
「まぁヴィクトワールさま、お庭をご覧ください!」
不意に、参加者の一人が悲鳴にも似た甲高い声を発した。
「どうしたの?」
「王妃さまがお散歩中のようです」
──王妃さまですって?
メリザンドも思わず目を向けていた。王宮に上がってから、メリザンドは王妃の姿を見たことがなかったからだ。
王妃は妊娠を理由にずっと離れにこもっており、王太子の誕生日会にさえ出席しなかったと聞いている。
広大な庭園では何人かの宮廷人が散策を楽しんでいたが、そのうちのどの一団が王妃なのか、すぐにわかった。
ピンクと白の
「ヴィクトワールさま、どうぞ」
侍女の一人が
あまり上品な行いとはいえないが、宮廷の者たちはみんな覗き見が大好きだ。他者の醜聞に飢えていて、誰がどこでなにをしているか知りたくてたまらないのだ。
ゆえにメリザンドは、庭園散策があまり好きではなかった。宮殿の窓という窓から覗かれているような気がして。一方で、服飾品を見せびらかしたいときは大手を振って庭を歩くこともあった。
「あのエスパナ女ったら、久しぶりの日光浴というわけね」
ヴィクトワールが忌々しげに言う。
「相変わらず青白くてガリガリだわ! お腹だけぽっこり出て、みっともないこと!」
続く罵倒に、周囲の女たちが追従の笑声をあげた。
メリザンドは到底笑う気になれなかったが、一人だけ無表情でいるわけにもいかないし、とりあえず微笑みだけを浮かべておいた。
そして女たちは代わる代わる単眼鏡を手にして、王妃の観察を始めた。
すぐにメリザンドの掌中にも単眼鏡が転がり込んできた。王妃を嘲弄するのは気が引けるが、とりあえずみなに倣って覗き見てみることにした。
豊かなブロンドが特徴的な妙齢の女性。やや鷲鼻だが、決して不器量ではない。ゆったりとした花柄のドレスをまとっていて、腹部は大きく膨らんでいる。
しかし、女性は妊娠を機に肉付きがよくなるというが、王妃は六人も出産しているとは思えないほど瘦せっぽちだった。身長も低く、付き従っている侍女たちより頭一つほど小さい。
推測に過ぎないが……十五歳のときからほとんど休みなく子を産んでいるせいで、軽度の栄養失調に陥っているのではないだろうか。あるいは毎回
それらの要因が重なって、妊娠中は
エスパナという大帝国の姫に生まれながら、見知らぬ土地へ嫁ぎ、身を削ってまでガッリア王族の血統を残してくれている。それが王妃たる者の義務だとしても、深い敬意を抱かずにはいられない。
感服するメリザンドをよそに、ヴィクトワールたちは王妃への悪罵を続けている。
「あれだけ小柄ですと、侍女も日傘を掲げやすくて助かりますわねぇ」
「チビなのは近親婚の影響に違いないわ。子供たちにその影響が出ないといいけれど!」
「王太子さまを始め、姫さま方もみな健康にお育ちになっておられます。きっとそれは、ガッリアが誇るトサン王家の血のおかけでしょう」
──聞くに堪えないわね。
笑顔の仮面をかぶりながらも、メリザンドは内心で呆れ返っていた。
ことに、ヴィクトワールに対して。
快活な彼女の性格は好むところだが、王妃の容姿や出自をあげつらって嘲笑する気持ちは
──折を見て、やんわりとお
いや、それをするのは時期尚早だ。メリザンドはまだまだ宮廷の事情には疎い。もしかすると、確執の原因は王妃側にあるのかもしれない。
――いつか、王妃殿下に拝謁する機会がくるのかしら……。
それもまだまだ先の話だろう。王妃が無事出産し、体調が回復するまでそのときは訪れまい。
少なくともそのときまでは、ヴィクトワールの傍で
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