第27話 台本作家オルランディ

 台本作家のオルランディは、口元にたっぷりと髭をたくわえた中年男性で、驚くほど饒舌だった。

 桟敷さじきへやって来た直後は緊張した面持ちを見せていたが、王から劇の出来を称賛され、メリザンドと自由に言葉を交わす許可を得ると、水を得た魚のように生き生きと話を始める。


 挙げ句、メリザンドの手を取って三回もくちびるを押し付けてきた。

 三回目のキスの瞬間、王の太い眉がぴくりと動いたが、それだけに留まった。メリザンドはほっと胸を撫で下ろす。


 当のオルランディは王のわずかな悋気りんきに気付いた様子もなく、調子よく言葉を続ける。 


「本当なら、作曲家のゴーチエと共に伺いたかったのですが。なにぶん、彼はたいそうな恥ずかしがり屋でして、若く美しいご婦人を前にすると石像のように固まってしまうのです。どうかご容赦ください」

「あら、そうでしたの。お気になさらず」

「まったく、春の女神と見まごうような麗人とお近づきになれる好機だというのに、ゴーチエは底抜けの愚か者で……」

「ええと、今回の公演、大成功のようでなによりですわね」


 オルランディのおべっかをさえぎって褒めると、彼は当然といったふうに胸を張った。


「今回の作品は我らにとっても渾身の一作でした。公演前から手ごたえを感じていましてね!」

「そうですの……」

「実はですね、我らはもともとエトルーで活動していたのですが、検閲の厳しさにうんざりしましてね。思い切ってガッリアへ渡ってきたというわけです。

 エトルーでは、やれ王族が死ぬ話はダメだ、やれ貴族がひどい目に遭う話はダメだ、娼婦や犯罪者を主役にするな、これは聖晄教の教義を冒涜している、なんてうるさいことこの上なし!」


 ──聞かれてもいないことまでよくしゃべる人ね。


 呆れつつも、その豪胆さに尊敬の念さえ覚える。

 いくら桟敷さじきがプライベート空間だからといって、ガッリア国王の御前でここまで調子よくふるまえる者はそうそういない。

 しかもオルランディはただの台本作家だ。エトルー検閲局との戦いが、彼の心胆を強くたくましく──言い換えればふてぶてしくしていったのだろうか。


「ご存知ですか、夫人! エトルーではあの名作『騎士と王妃』の結末まで違うのですよ!」 

「たしか、エトルー版では、最後に二人は死んでしまうそうですね?」


 首をかしげながら答えると、オルランディは憤然と鼻息を吐き出した。


「ええ、そうですとも。作者のアルベディーヤへの冒涜です! その点、ガッリア国王は実に寛大な御方揃いで……」


 と、ニヤリと笑いながら王を見やる。


「『創作と現実の区別がつかぬほど、我が国民は愚かではない』と宣言してくださったのですよ」

「亡き父はそう言ったが、わたしはそれを撤回するかもしれんぞ」


 王は辟易へきえきした様子でそう言った。彼もまた、舌のよく回るオルランディに呆れているらしい。


「おお、それは恐ろしいことで」


 おどけた調子でひょいと肩をすくめたあと、オルランディは再度メリザンドに熱い視線を投げかけた。


「バルテ侯爵夫人、今すぐにとは申せませんが、いつかあなたを題材にした作品を書くことをお許しください」


 意外過ぎる申し出に、「えっ」と素の状態に近い声が出る。


「わ、わたしのような者を題材にしたって、大した物語はできませんよ」

「どうでしょう。若き国王に見初められた美しい貴婦人。それだけで十分、インスピレーションが湧き上がって参ります」


 戸惑いながら視線で王にお伺いを立てると、『好きにしろ』と言わんばかりに鷹揚おうようにうなずいてくれた。


「そうですね、では……少し照れますが、よいストーリーを思いついたら、ぜひお願いします」


 期待せぬままに了承しておくと、オルランディは少年のように笑い、深々とこうべを垂れた。

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