第22話 公式寵姫となって初めての夜

 『お披露目式』が滞りなく終了したあと、メリザンドは歴代公式寵姫の部屋──つまり自室へと通され、侍女たちから入念な手入れを受けることになった。


 それもそのはず、『今宵もっとも重大なイベント』は、まだ終わっていないのだから。


 足が沈むほどふかふかなタルキヤ絨毯じゅうたんを踏みしめながら、夜着姿のメリザンドは王の訪問を待っていた。あらかじめ聞いていた通りなら、寝室の隠し扉から現れるはずだ。


 本当なら、好奇心に身を任せて三間ある部屋をすべて見て回りたいのだが、寝室内をうろうろするだけに留まっている。


 ──壁にかかった織物、本当に見事な柄だわ。家具だって、どれもこれもまるで美術品みたい。天井にまで、精緻な彫刻が彫られている……。


 今は落ち着かないが、すぐに慣れてしまうのだろう。一番不安なのは、いつかこの部屋を追い出されたとき、ランクダウンした生活に耐えられるか、ということだ。


 ──明日から、どんな生活が待っているのかしら。


 とりあえず、プルヴェ夫人を頼りにしながら、ヴィクトワールと節度を守りつつ仲良くさせてもらおう。 


 ──陛下、遅い……。お疲れなのかしら。ならばいっそ、今宵はおいでにならなくてもいいのに……。


 そんなことを考えながら、隠し扉を眺める。メリザンドは既に純潔を失った身だが、それでも男女の行為に慣れたわけではない。

 恥ずかしくて、はしたなくて、心身が疲弊する。


 囁かれる甘い言葉と、身体に感じる温もりはとても心地よい。

 けれど、王の理性の皮が一枚ずつ剝がれていき、剥き出しになった欲望を真っ直ぐにぶつけられたとき、とても恐ろしい気分になった。

 しまいには、メリザンドもその欲望に翻弄され、なんだか訳がわからなくなってしまった。それがまた一段と恐ろしかった。


 肩にかけた松毬しょうきゅう模様のショールを深く羽織り直し、短く嘆息したとき、隠し扉が動いた。現れた王は、口元に満面の笑みを浮かべている。


「お、お待ちしておりました」


 しずしずと頭を下げたメリザンドに、王はすさまじい勢いで迫った。抱きすくめられ、顔中にくちびるを押し付けられる。

 その滅多矢鱈めったやたらなキスは、男が女へ為すもの、というより、歓喜に興奮した犬が主人の顔を舐め回すようだった。


「この日をどんなに待ちわびたことか! いよいよ公私ともに、お前はわたしのものだ!」


 子供のように無邪気な喜びように、硬くなっていたメリザンドの心がほぐされていく。


「我々の関係は、神に祝福されるものではないが、構うものか。わたしは秘蹟ひせきではなく、人の心によって結びつくものこそを信仰するぞ。それすなわち、『愛』だ」

「陛下……」


 王に髪を撫でられながら、メリザンドは目をまたたかせる。まったくこの王は、恐れ知らずな台詞を平然と口にするのだから。

 けれどこの豪胆さが小気味いいし、王たる者にはある程度の不遜さが必要だろう。


「メリザンド、二人きりになるときは、わたしのことは名前で呼んでくれ。そして、わたしが扉から姿を現したときは、臣下のようにこうべを垂れるのではなく、子犬のように駆け寄ってきておくれ」

「はい、仰せのままに……ユージェーヌさま」


 遠慮がちにその尊い名を口にすると、王はメリザンドの両頬に手を添え、深々とくちびるを重ねた。

 その情熱的な口づけは、与えるようでもあり、奪うようでもあった。脳がゆだり、心臓が破裂しそうなほど鼓動を速める。

 気付けば、メリザンドはしとねに転がされていた。


 身体を強張らせるメリザンドに向けて、王が囁く。


「恥じ入る必要は寸毫すんごうもないのだ。神がこのように人間の身体をおつくりになられたのだから。

 神は原初の女へ、罪を犯した罰として出産の苦しみを与えられたが、愛の悦びを感じる機能は残しておいてくださった。ならばその慈悲に従順であるべきだろう」


 その論理は、詭弁きべんに近いものだとメリザンドは思った。

 けれどあまりに甘美で、清らかであろうとする理性を容易たやすく融解させていく。


 公式寵姫となって初めての夜、メリザンドは王の愛に全身を預けた。

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