第19話 プルヴェ夫人の憂鬱

「陛下とのダンス、本当に素敵でしたわ」


 帰りの馬車の中。プルヴェ夫人の称賛に、メリザンドは照れてうつむく。


「プルヴェ夫人のご指導の賜物です。陛下のリードもとてもお上手でしたし、なんとか恥をかくのは免れました」

「これであなたの『紹介』はつつがなく終わりました。次の『お披露目式』をもって、あなたはガッリア国王の公式寵姫となります」

「はい……」


 粛然とうなずくと、プルヴェ夫人は優しい微笑みをくれた。このひとにこういう表情を向けられると、母に褒められたときのように誇らしい気分になる。


 不意に、プルヴェ夫人が特大のため息を吐いた。


「しかし、想定外のことばかりで疲れてしまいました」


 素をあらわにした夫人に、メリザンドは目を丸くする。


「想定外というと……?」

「陛下とヴィクトワールさまが、あんなふうに示し合わせていらしたなんて、紹介人であるわたくしには知らされていませんでした。まったく、破天荒な兄妹ですこと」


 やはりあの『紹介』方法は、しきたりには反する方法だったらしい。仮装をした国王がいきなり正体を明かしてダンスに誘うなんて、きっと前代未聞のことなのだろう。


「ですが、粋な計らいでした。わたしとしては嬉しかったです」


 王の芝居がかった物言いと併せて、まるで劇のヒロインになったようだった。


「ならば安心ですわね。公式寵姫として陛下の傍にはべることになれば、型破りの言動に振り回されることが多々あるかもしれませんが、おおらかな気持ちで付き合って差し上げてください」

「そこまで言われると困ってしまいます……」


 しゅんとして弱音を吐くと、プルヴェ夫人は少女のようにくすくすと笑った。大仕事が片付き、すっかり肩の力を抜いているらしい。


「困ったことと言えば……」


 ふとあることが頭をよぎり、メリザンドは話題を変える。


「ヴィクトワールさまが友好的に接してくださったのはありがたいですが、王妃殿下との関係はかんばしくないようですね」

「王妃殿下は、先王の公式寵姫であるイベール夫人の采配で輿入れが決まった方なのです。ヴィクトワールさまはイベール夫人を嫌っておいででしたから……」

「まぁ……」


 メリザンドは口元を押さえる。そういう事情があったのか、と思うと同時に、先代寵姫は妃の選定にまで口を出していたのか、と底知れぬ畏怖を覚えた。


「父の愛人を快く思わないのは当然のことですが、兄の愛人であるわたしとは仲良くしてくださるなんて、よほどイベール夫人がお嫌いだったのですね」

「ええ、そうですね……」


 プルヴェ夫人の表情が曇る。


「先王妃も亡くなり、姉君たちも諸国へ嫁ぎ、今のヴィクトワールさまを諫められる者は国王陛下ただ一人。その陛下も、明るく華やかなヴィクトワールさまをたいそう好いておられ、奔放なふるまいをお許しになっているのです。

 あの調子だと恐らく、王妃殿下への悪罵さえも黙認しておられるのではないかと」


 ──あの溌剌はつらつとした陛下が、自分の妻への陰口を黙認……?


 信じられない気持ちでいっぱいになり、メリザンドは眉間にしわを寄せていた。しかしプルヴェ夫人も断言はしていないし、王へ不信感を抱くのは尚早だろう。


「夫人、わたしはどうすればいいのでしょう。ヴィクトワールさまに話を合わせるべきでしょうか」

「それは……」


 目下もっかの不安をぶつけると、プルヴェ夫人はたいそう困ったように口ごもった。


 ──なにもかも夫人に頼っていてはいけないわね。


 そう思ったメリザンドは、腹を決めて夫人へ告げる。


「いいえ、大丈夫です。わたし、自分で考えます。自分で考え、賢明な選択をいたします。王の傍に侍る寵姫おんなとして、強くさとく立ち回ります」

「……立派な心がけですわ」


 プルヴェ夫人がほっと息をつく。


「メリザンドに感化されて、ヴィクトワールさまももう少し謙虚なふるまいを覚えていただければ良いのですが」


 夫人の物言いには切実さがあふれていた。先王妃の侍女として、その娘の行く末を心から案じているのだろう。

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