第14話 公式寵姫になるということ その2

「わたしは絶対に、そのようなことをしません!」


 メリザンドは声を荒らげずにいられなかった。

 王の寵愛を鼻にかけ、偉大な国母を笑い者にするなんて、誰がするものか。


「ねぇ夫人、公式寵姫になったからといって、専横的にふるまわねばならないなんてことは決してないのでしょう? 王妃殿下を立てて、慎ましやかに生活することも許されているのでしょう?」


 怒りを心に宿したまま、矢継ぎ早に尋ねていた。興奮に早鐘を打つ胸を押さえたまま、プルヴェ夫人の答えを待つ。

 夫人は目を細め、柔らかく微笑む。


「わたくしは、そんな謙虚なあなたが好きですよ。陛下もきっと、あなたが望むままにふるまうことをお許しくださるはずです。それがどのようなことであろうとも……」

「どんなことでも……?」


 意味深な物言いにメリザンドが眉根を寄せると、プルヴェ夫人は遠くを見るような目をして言う。


「贅の限りを尽くし、誰よりもきらびやかな装いをして社交界の中心に君臨し、ときには政務に口を挟む。代々の公式寵姫が行ってきた奔放なふるまいを、あなたもする権利があります」

「わたしは決して増長しません。多くを望みません!」


 プルヴェ夫人の言葉を、メリザンドはすかさず否定した。権力者の愛に溺れて、分を弁えず、おごり高ぶった言動を取れば、すぐに破滅が訪れることだろう。


「その答えを聞いて、安心しました……」


 カップに指をかけながら、プルヴェ夫人が静かに言う。それから、見とれるほど優雅な仕草でカップを口元に運んだ。その気高い姿を目の当たりにしたメリザンドは、はっと息を呑む。


 ──夫人は、感情的になったわたしを暗にたしなめているのだわ。


 宮廷では常に笑顔の仮面をかぶっていろと、リュシアンにも言われたばかりだ。どんな愚かしい話を聞かされても、取り澄ました笑みを口元にたたえていなければならない。


 メリザンドは気を取り直し、己もプルヴェ夫人にならって優雅に茶を飲んだ。すると、『合格です』と言わんばかりに夫人が頬を緩める。


「謙虚になるのも結構ですが……。殿方は、愛する女のわがままに応えるのが好きなものです。たまにはおねだりをすることも必要ですよ。

 たしか、メリザンドは歌劇が好きでしたね。『国立歌劇場の演目を、お気に入りの作家のものにしたい』と言えば、きっと叶えてもらえますよ。作家をサロンに招き、思うがままの作品を書かせることだってできます」

「そんなことまで……」


 少し……いや、かなり心が動いた。ここ最近は悲劇がブームで、メリザンドは不満を抱えていたのだった。


「さまざまな芸術家の後援者になり、優れた文化の育て人になることもまた、公式寵姫に許されている権利ですよ」

「はい、覚えておきます」


 平静を装って答えながらも、胸の奥にはちょっとした『野望』が渦巻き始めていた。寵姫として王に尽くす合間に、歌劇場の支配人ごっこを楽しむのもいいだろう、と。


「ところでメリザンド、そのカメオ、素敵ですわね」


 プルヴェ夫人の目線がメリザンドの胸元あたりに向く。

 鎖骨の間で控えめに存在を主張しているのは、シェル・カメオのネックレス。


「陛下からの贈り物の中にありましたの。あまりに豪奢な品々の中で、これなら普段使いできますもの」


 メリザンドはそっとカメオに触れた。彫られているのは、美しい女性の横顔。メリザンドをモデルにしているのかは定かではないが、その女性が髪に挿しているのは椿の花だった。

 どれだけ上質なドレスより、高価な宝石よりも、こういうさりげない思いのこもった贈り物が、一番嬉しかった。


「メリザンド、あの、それは……」


 プルヴェ夫人がなにかを言いかけ、口ごもる。


「どうしました?」

「いえ、手に取って見せていただきたかったのですが、陛下からの贈り物なのでしたら、そうもいきませんわ」

「そんな、遠慮なさらずに」


 首から外そうとしたが、固辞されてしまった。

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