第13話 公式寵姫になるということ その1

 互いに落ち着いたあとは向かい合って腰かけ、お茶と菓子を挟んで話をする。


「それで、あなたが『公式寵姫』となるまでの大まかなスケジュールですが」

「はい」


 プルヴェ夫人の言葉に、メリザンドは緊張しながらうなずく。


「再来週、王宮にて開かれる舞踏会の場で、国王陛下にわたくしからあなたを『紹介』いたします」

「紹介?」


 思わず顔をしかめていた。そんなことをされずとも、王とメリザンドは既に『よく見知った仲』だ。


 プルヴェ夫人はわずかに眉尻を下げて言う。


「あなたはそこで初めて陛下と顔を合わせた、そういうことにしてください。馬鹿馬鹿しく感じるでしょうが、そういう決まりなのです」

「わかりました……」


 宮廷には数え切れないほどのしきたりがあると聞く。滑稽ではあるが、従うよりほかない。


「そしてさらに数週間後の『お披露目式』にて、今度は宮廷の人々に紹介され、あなたは晴れて公式寵姫となります。

 住まいも、代々の公式寵姫が使用していた部屋があてがわれることでしょう。陛下の寝所と隠し通路で繋がった部屋が」

「まぁ……」


 生々しい話に、頬が赤らむ。そういう生活が始まることは予期できていたが、改めて突き付けられるとどうしても心が乱れる。

 また、それ・・に関しては、どうしても確かめておかなくてはならないことがあった。


「あの……もし、国王陛下とわたしの間に子供ができたら、その子の扱いはどうなるのでしょう?」

「表向きには、バルテ侯爵との子、ということになります」

「そうなのですか!」


 目を真ん丸にしていると、プルヴェ夫人は当然のように続ける。


「公式寵姫が既婚者から選ばれる所以ゆえんですわ。一夫一妻が絶対である聖統教において、庶子の存在はあってはならないものです。

 しかし、既婚女性の腹に宿った子ならば、本来の夫との子、ということにできます。

 その子には王位継承権はありませんが、男子であれば爵位を与えられ、女子であれば良家との縁談が確約されます。あなたはなんの心配もせず、良き子をお産みなさい。陛下もお喜びになられることでしょう」

「ええ……しかし……」


 メリザンドの脳裏にちらついたのは、己の本来の夫であるリュシアンと、王の本来の妻──王妃のことだった。

 まぁ、リュシアンはなにもかも承知でメリザンドを妻に迎えたのだろうから、気にかけてやる必要もないだろう。バルテ侯爵家の家督は、彼の弟の子らが継ぐのではないだろうか。 


 だが、王妃はどうだろう。メリザンドが社交界デビューさえしていなかった頃に、外国から嫁いできた王妃は。


「わたしのような者が王宮に現れたら、王妃殿下はさぞ不快な思いをなさることでしょうね」


 王妃の気持ちをおもんぱかると、心苦しくなる。

 しかしプルヴェ夫人は相変わらず涼しい顔をしている。


「今回の件は、王妃殿下も承知しておられます」

「そんな、まさか」

「十五歳で嫁いでいらした王妃殿下は、この十年で六人もの子をお産みになられました。現在、お腹には七人目が宿っています。そして侍医からは、しばらく出産を控えるようにと指示が出ています」

「七人も……。なんてご立派なこと」


 国母としての義務を十二分に果たす王妃に、メリザンドは深い尊敬の念を抱いた。

 しかし心のもやは晴れない。安泰な国王一家に不和をもたらす存在になりはしないか、と。


 暗い面持ちのメリザンドを安心させるように、プルヴェ夫人が微笑む。


「王妃殿下は、これでしばらく楽ができる、と安堵しておいでだとか」

「そう……ですか」


 淡白極まりない話だこと、とメリザンドは天を仰ぐ。それでも、王の子らには敵視されることだろう、と小さく嘆息した。


 気を取り直してプルヴェ夫人を見やると、笑みを消して深刻そうな表情を作っていた。


「王妃殿下とどう関わっていくかはあなた次第です、メリザンド」

「……どういうことでしょう?」


 訝しげに促すと、プルヴェ夫人は硬い声で続けた。


「歴代の公式寵姫の多くが、王妃を敵視し、ときに嘲弄したそうです。

 宮廷人の中には、あなたにも同様の振る舞いを望む者もいるでしょう。

 外国人である王妃殿下を笑い者にしたくてたまらない、公式寵姫の尻馬に乗って一緒に嘲ってやろう、そんな底意地の悪いことを思う者が」

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