第12話 プルヴェ夫人の告白

 翌日、朝食を済ませたメリザンドに向けて家令がこう告げた。


「奥様。プルヴェ夫人がお見えになりました」

「……そう。すぐに行くわ」


 ──そろそろいらっしゃると思っていたわ。


 メリザンドは覚悟・・を決めて応接間へと向かう。緊張しながら扉を開くと、椅子に腰かけていたプルヴェ夫人が弾かれたように立ち上がる。

 夫人は、ひどく思い詰めたような表情をしていた。


「……ごきげんよう、メリザンド」


 挨拶の声も、とても硬い。


「ごきげんようプルヴェ夫人。どうかそのような表情をなさらないで。わたしはもうすべてを悟っています。夫人は最初から、なにもかも知っておいでだったのでしょう」


 メリザンドが優しく微笑みかけると、プルヴェ夫人は「ああ……」とわなないた。今にも泣き崩れそうな彼女に近づき、腰を下ろすように促す。その傍らに寄り添い、そっと背を撫でた。


 そうしながら、密かに安堵していた。

 もしプルヴェ夫人が開き直って『それがなにか?』という態度を取っていたなら、メリザンドは彼女のことも憎まねばならなかった。

 どこかの誰かさんと違い、こうして嘆いてくれることがとても嬉しい。


 震える声でプルヴェ夫人は告白を始める。


「わたくしは、国王陛下の命を受けて、あなたの教師兼話し相手となりました……」

「やはりそうなのですね」


 毎日来てくれていたプルヴェ夫人が、国王来訪の日から三日も姿を見せなかった。なにかの偶然である可能性もあったけれど、彼女の表情を見た瞬間、確信に変わった。


「わたくしはひどい女です。バルテ侯爵を恋しがるあなたに対し、耳ざわりの良い言葉ばかり言って、叶いもしない希望をいだかせていました。ただ、心すこやかに過ごさせるためだけに」

「ええ……それは少しばかり悲しく思います」


 プルヴェ夫人を姉のように思い、懐いていた自分が恥ずかしい。そのうえ、彼女の言葉によって、ますますリュシアンへの思慕がつのった。そのことに関しては、どうしてもわだかまりが残る。


 プルヴェ夫人は、涙をぬぐいながら続ける。


「ですがどうかこれだけは信じてください。あなたと過ごすうちに、わたくしは、あなたを本当の妹のように思うようになりました。心優しく、繊細で、わたくしを一心に慕ってくれるあなたのことを、心から好きになりました」

「本当に……?」


 メリザンドはプルヴェ夫人の灰色の瞳を真っ直ぐ見つめた。濡れた瞳の奥に、嘘の色がないかを必死で探る。


「国王陛下からは、あなたが公式寵姫となったのちにも傍に仕えるよう命を受けています。

 しかし、王命を抜きにしても、わたくしはあなたの傍にいたい。今後あなたに降りかかるであろう辛苦を、払いのけて差し上げたい。その気持ちに決して、噓偽りはありません」

「ありがとうございます、プルヴェ夫人……」


 礼と共に、年上の女性の乾いた手を強く握る。

 メリザンドは決意した。この女性ひとのことだけは信じようと。だって、メリザンドのために泣いてくれる、数少ない人間のうちの一人なのだから。


「どうかこれからも、『姉』としてわたしを教え導いてください。わたしの心の拠り所になってください」

「メリザンド……」


 プルヴェ夫人がしがみついてきた。


「ごめんなさい、本当にごめんなさい。敬虔で一途なあなたには、たとえ陛下が相手であろうと、寵姫になるなんて耐え難いことでしょう」

「もういいのです、夫人。わたしも腹を決めましたから。それに陛下は、わたしにとても優しくしてくださいました。たくさんの愛の言葉をくださいました」

「まぁ、それはそれは……」


 かすれたプルヴェ夫人の声には、微笑ましそうな色があった。


「夫人は、陛下のことをよくご存知なのですか?」

「わたくしは、陛下の亡きお母君──先代王妃さまの侍女でした。ほんの数年でしたけれども」


 思いもよらぬ告白に驚きつつ、納得もできた。そういう繋がりがあったからこそ、王は『愛しのメリザンド』の教育をプルヴェ夫人に任せたのだ。


「夫人がそのような偉大な経歴をお持ちだったとは……。そんなかたたすけていただけるなんて、とても心強いですわ」

「そこまで誇れるものではありませんが、わたくしの見識と人脈が、あなたの力になることを祈ります」

「ありがとうございます……」


 メリザンドはプルヴェ夫人と真っ直ぐに視線を交わした。それから、末永い付き合いを誓うように固く抱き締め合う。

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