第2話 良き妻になりたい

 ──お父さまが、莫大な持参金を約束されたに違いないわ。


 ベッドの中で、メリザンドはそう考えていた。

 卒倒したあと、重病人さながらに丁重な扱いを受け、強制的にベッドへ入れられてしまった。

 嫁ぎ先の決まった娘というものは、かくも壊れ物のごとく扱われるということか。


 ──なにか特別な事情がなければ、たかだか男爵家の娘と、名門貴族の婚約が成立するわけがないもの……。


 目が冴えているため、あれこれと思いふけってしまう。


 メリザンドの父は、商家の三男坊だった。

 しかし才覚と機運に恵まれた男はとんとん拍子に出世して、ガッリア王国有数の銀行家となった。

 そして、没落しかかっていた男爵家を、母ごと・・・買い上げた。

 かくして父は爵位を手に入れ、念願の貴族の仲間入りを果たしたのだった。


 そういう成り上がり者の血を引く娘を、由緒正しいバルテ侯爵家が妻に迎えようとするなんて、なにかの気の迷いか、もしくはよほど困窮しているかだ。

 後者だとはっきり言ってもらえたら、メリザンドは十全に納得してお嫁に行くことができるのだけれど。


 体調が落ち着いてきたため、ベッドから抜け出して姿見の前に立つ。

 映っているのは、きわめて平凡な容姿の、十八歳の娘。

 ありふれた栗色の髪に茶色の瞳。

 決して不細工ではないと思うが、どんなに頑張っておめかしをしても、ひとたび華やかな社交界へ出て他の貴族令嬢たちに囲まれてしまえば、たちまち凡俗になり下がる。


 ──やっぱり、お金目当てかな。


 父にとってメリザンドは、侯爵家との太いパイプを作るための道具。

 侯爵にとっては、金づるであり、世継ぎを作るための母体。

 結婚したら、きっとあの美しい侯爵は愛人を作って放蕩三昧するに違いない。


 ガッリア貴族の間では、既婚者の不倫は容認どころか、推奨されているといってもよかった。

 結婚とはすなわち子を残すための義務。だから、義務を果たしたあとは恋人を作り、恋愛を楽しむというのが『いき』とされる風潮があった。


 もちろん、配偶者の不倫を許さない者もいるようだが、メリザンドの立場では到底、『わたしだけを見て』とは言い難い。


 けれどガッリアの国教である聖晄せいこう教では、婚姻とは神が定められた神聖な制度であり、愛人を持つことは婚姻そのものへの冒涜であるとされている。


 結婚とはただの儀式ではなく、神の前で男女が互いへの忠実を誓うこと。

 一度結びついた夫婦は、決して離れることを許されない。夫婦で助け合い、良き子を産み、良き家庭を築く務めを負う。


 メリザンドは、幼き頃より教会で聞かされてきたその教えに従順でありたいと思っている。夫になる男が、どんな放埓ほうらつな人物であろうとも。


 波乱万丈の結婚生活になるだろうか。

 それでも、親子ほど年の離れたおじさんや、不摂生なおデブさんのところへ嫁ぐよりもだいぶマシだろう。

 父は愛娘のため、最後に精一杯の贈り物をくれたのだ、と思っておこう。


 だが、さも上機嫌だった父とは対照的に、同席していた母が暗い面持ちをしていたのが気にかかる。きっと、娘を手放したくない親心なのだろうが……。


 ──いいえ、どんな理由があろうと、どんな結婚生活になろうとも、神の教えに従い、良き妻、良き母になれるよう努力しましょう。


 メリザンドは、己に深く誓う。


 ──そうすればきっと、侯爵さまはわたしにもわずかな愛情を抱いてくださるでしょう……。

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