憧れの侯爵さまに嫁ぎましたが、新婚早々、「国王の愛人になれ」と言われてしまいました!

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公式寵姫メリザンド

第1話 わたしの結婚相手

「喜べ、メリザンド。お前の結婚相手が決まったぞ」


 父に呼ばれて行ってみれば、出し抜けにそんなことを告げられて。

 メリザンドは扉を閉めることも忘れて、ただ目をぱちくりとさせた。


「ええ、それは大変おめでたいことで……」


 口からこぼれたのは、まるで他人事のような言葉。

 だって、起床したのはつい10分ほど前で。女中に揺り起こされ、慌てて身支度を整えて、父の部屋に駆け付けたばかりなのだ。頭がぼんやりして、思考が追いつかない。


 戸惑いながら、ソファに深く身を沈めている父を見遣る。普段はむっつりといかめしい表情を、好々爺こうこうやのようにゆるめていた。

 テーブルの上には開封済みの封筒。おそらくその中身こそが、メリザンドの『運命』を決定づけるものだったのだろう。


「それで、お相手はどちらの方ですか?」


 封蝋ふうろうに押された印璽いんじをぼんやり眺めながら問うと、父はもったいぶったように言う。


「聞いて驚け。バルテ侯爵だ」

「……バルテ侯爵とおっしゃいますと、あのバルテ侯爵?」


 メリザンドは己の耳を疑った。次いで、記憶も疑った。

 自身の記憶の中にあるバルテ侯爵が結婚相手だとしたら、メリザンドの家なんかとはあまりに釣り合いが取れない。


「お前も、姿だけなら何度か劇場で見ただろう。バルテ侯爵、リュシアン・アベール・デュ・シャノワール殿だ」

「……はあ」


 未だ気の抜けた返事しかできない。もしかすると、まだ夢の中にいるのかもしれない。


 バルテ侯爵リュシアンといえば、『銀の貴公子』とも呼ばれる美丈夫だ。先々月、王都にあるシャノワール家の別宅にて、二十五歳の誕生日会が盛大に執り行われたと噂でだけ聞いている。

 声を交わしたことも、目を合わせたことさえない。


 しかし、その美しい姿は何度も歌劇場で見かけている。

 二つ名の通りのつややかな銀髪を肩口で切り揃え、凛とした雰囲気を全身にまとう眉目秀麗な青年貴族。

 堂々とした足取りで歌劇場の大階段を下る姿は、劇場の荘厳さと相まって、まるで神話の一節のよう。その麗姿を見て熱いため息をこぼさない女は、このガッリア王国に存在しないとまで言われている。


 メリザンドだってその例に漏れず、いつもうっとりと彼を眺めたものだ。

 ああ、あんな貴公子の伴侶になりたい、彼にエスコートされて社交場に出たい、と夢想しながら。


 その空虚な妄想が、現実のものになる……?

 妻として彼を独占し、麗しいかんばせを特等席で眺めることができる……?


 その光景を想像した瞬間、メリザンドの思考は極限状態に陥った。そして視界が暗転する──。

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