地下五階

 

「お、終わったのか?」

「ああ、ノーダメクリアだ」

「よ、よかった。でも、高際たかぎわさんの指揮も凄かったですよ。見えませんでしたけど、聞こえてました。お二人の息のあったコンビネーションのおかげですね」

 

 安堵して墨野すみや真嶋ましまもテーブルの裏から出てくる。

 千代花ちよかがパワードスーツの新たなパーツを身につけて、改めて周囲を確認して、いよいよ全員で階段を下りることにした。

 最終ステージ、地下五階。

 君の悪い、紫色の蛍光灯が点滅している。

 通路は広く、一本道。

 ゾンビや三つ巴の気配は一切なく、まとわりつくような気持ちの悪さに満ちている。

 なんだろうな、この気持ちの悪さは。

 迫り上がるような寒気。

 肌を突き刺すような気配。

 

「……この階、どんな敵が出てくるんですか……?」

 

 さすがの千代花ちよかも怖じ気たように俺を振り返る。

 まあ、そうだよね。

 

「地下五階は——実は迷路になってる」

「迷路ですか?」

「うん。ただし、ゾンビや三つ巴みたいな雑魚クリーチャーは出てこない。ひたすらにクソのような迷路を彷徨うんだけど、この階の四隅に迷宮を固定化できるスイッチがある」

「え? 迷路を、固定化?」

 

 お、さすが千代花ちよか

 いいところに気がついたな。

 

「実はこの迷宮、スイッチを押さないと壁が動く」

「「「壁が動く!?」」」

「それで延々と迷わされて、精神をすり減らすんだ。まじ、五時間くらい迷ってスイッチを押さないと壁が動くって気づいた時はコントローラーぶん投げたよね。紙に道順メモしながらプレイしてたのに、通った道が消えてんの。これを考えたやつは呪われろって思ったわ」

 

 今思い出してもクソクソのクソである。

 クリア直前に持ってくるんじゃないよ迷路。

 迷宮クリアしてガッツポーズしたらご褒美が千代花ちよかの最後のパーツってところでギリ持ち堪えた。

 だってついにパワードスーツ完成よ?

 完成したらそりゃあ試したくなるじゃない?

 そこにきてナイスなタイミングでラスボス戦だもの。

 迷宮で溜まった鬱憤——もとい恨みをすべてぶつけたよね。

 ああ、今思い出してもラスボス戦もクソだったなぁ。

 

「では、四隅を目指せばいいんですね」

「そうだね。敵も出ないし、俺と千代花ちよかちゃんで手分けしてスイッチを入れてこようか」

「あの、高際たかぎわさん」

「うん? なに?」

「壁を全部ぶち壊して進めばいいんではないでしょうか」

「え、あ、お」

 

 わ、わ〜お……脳筋〜〜〜。

 ちょっとそれは思いついたことないですねー。

 

「……とりあえず試してみる?」

「はい!」

 

 確かに壁ぶち破ったら楽だしね。

 というわけで「どうぞ」と促してみる。

 千代花ちよかが意気揚々と拳を壁に叩きつけた。

 すげぇ音がした割に、壁は無傷。

 もうこの時点で「そんな気はしてたけど普通にやべぇ壁だな」となる。

 次に千代花ちよかが真顔になって、腰を落とす。

 軸足をしっかりと地面に踏み込み、左足で蹴りを入れる。

 またもや凄まじい音と風圧。

 しかし、壁は無傷。

 はい、壁がやばいですね。

 

「……素直にスイッチを探そう」

「くっ……はい」

「スイッチを押すと壁が移動したり床が動いたり天井が落ちてきたり槍が出てきたりしなくなるから、頑張ろうね」

「はい——え? 仕掛け増えてませんか?」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「槍が出てくるの、高際たかぎわさん、まずくないですか!? 私が全部解除してきますよ!?」

「大丈夫大丈夫、出る場所知ってるから」

 

 何度そこで死んだと思っている。

 うろ覚えの迷路だが、あの罠の場所はしっかり覚えているぞ。恨みで。

 

「とりあえず錆びた剣は一つ持っていく。なにもないと思うけど、真嶋ましま墨野すみやにも斧と剣は置いていくから自分の身は自分で守れよ。ここ敵は出ないけどな」

「わ、わかった」

「わかりました……」

「じゃあ、千代花ちよかちゃん。こう、下に下ろすタイプのレバーがスイッチだ。見つけたら上から下に下ろしてほしい。四隅にあるから、二手に別れて四隅を探そう。先にレバーが下りてたらスルーしていいからね」

「わかりました。でも、本当に大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫。早くこんなところから出ようね」

「っ……は、はい」

 

 千代花ちよかちゃんが気合いを入れ直す。

 白い壁と赤紫の点滅する蛍光灯。

 目に悪い。

 視力落ちそう。

 そう思いながらもサクサクと道を進む。

 ああ、歩いていると思い出す。

 このクソのような迷路の——罠。

 

「ふん」

 

 出てきた槍を一歩下がって避ける。

 一度出てくれば引っ込まないので錆びた剣で叩き折ればいい。

 

「結構覚えてるもんだな」

 

 まあ、槍は点滅しない蛍光灯の真横から出る。

 一歩踏み込むと、誘い込みの二秒後に一タイル分で出てくるんだよね。

 目が悪くなりそうな赤紫のライトは、白い床の穴を隠すためでもある。

 チカチカして、凹凸の影がわかりにくくなっているんだわ。

 ホンット腹立つよね。

 さて、右右左右正面真っ直ぐ、右右。

 一度Uターンして、さらに右。

 

「一個め見つけっと」

 

 これは余裕では?

 千代花ちよかの方は大丈夫かなぁ?

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