ゾンビの秘密


 悪いとは思っているって、ずいぶん軽いな。

 墨野すみやが隣で沸々と溜め込んだ怒りを爆発させそうになっているのを見て、肩を掴む。

 

「なんで止めるんだっ」

「騒ぐとゾンビが集まる。地下四階は来たばかりだ。千代花ちよかちゃんもまだそれほど数を減らしてない」

「う、うぐっ」

「それより——」

 

 墨野すみやの耳元でやつに聞こえないよう小声で「情報を引き出すぞ」と囁く。

 そうすると、やっと墨野すみやもハッと怒りを抑え込む。

 情報は武器であり、守りになる。

 こちらは怪我人二人。

 身動きはほぼ取れない。

 やつから情報を引き出して、ここから出るための糧にする方が建設的だ。

 こいつを助けるかどうかは、別の話だし。

 

「くっ。わ、わかったよ」

「で? 研究ってなにしてたんだよ?」

「ふ、不老不死だ! 所長の女が、自分の老いを許せなくて老けることのない不死身の体を求めて研究していたんだ! オマール海老や伊勢海老なんかの甲殻類は、脱皮を繰り返すことで内臓器官まで新しく入れ替わる研究結果技報告されていたから、それを元に人間にもその生態を移植できないかと研究されていたんだよっ!」

「……海老?」

 

 えー、エビって脱皮すると内臓まで新しく入れ替わるの?

 すげー、初めて知ったわ。

 

「あ、ああ、海老には実質寿命がないとすら言われている。だが、結局のところ細胞分裂を司るテロメアには限界があるため、テロメアを増殖させ細胞分裂を促すウイルスが研究されたんだ。海老の生態を元にした細胞にウイルスを注入してテロメアを強化し、人間の体に移植して生まれたのがあいつらだ。でも脳にどうしても重度の意識障害が出て、まるでゾンビみたいになってしまう。その上、ウイルスの本能に支配されて人を襲ってしまう。だから——」

 

 ベラベラと知りたかったことを全部喋ってくれたな。

 そういう設定の世界だったのか。

 それにしても、まさか海老とは。

 あんまり海鮮感はないけど、ウイルスの方がヤバかったって話なのかな?

 

「じゃあ、千代花ちよかちゃんは——いや、あの女の子に装備させているパワードスーツはなんだ?」

「スーツに関しては俺は知らない! 部署が違うんだ。でも、た、確かウイルスの本能を抑え込むよりも解き放って、兵器転用できないか研究する部署があるという話は聞いたことがある」

「っ……」

 

 兵器転用ね。

 なるほど、確かに十分すぎるほどの力はある。

 所長が女だと言っていたから、あのパワードスーツはその所長用だったのかもしれない。

 不老不死の研究なんて言われたら、そりゃあ金を出す金持ちも多かろう。

 政府の秘密機関というよりは金持ちの道楽の域のようだな。

 それでも十分クソだけど。

 

「そのウイルスは噛まれなければ感染しないのか?」

「あ、ああ、空気感染などはしない。今のところ……」

「今のところ、ね。ワクチンとかはないのか?」

「それも開発中だ。そ、そう! だから俺を見殺しにするのは、ワクチン開発を頓挫させる恐れもあるんだよ! なぁ! 入れてくれよ!」

 

 チッ、上手いこと言いやがる。

 コイツを助けるメリットが、一応明確にあるのか。

 

「じゃあ最後に一つ」

「な、なんだ」

「武器は持ってないのか? あるいは武器のある場所を知ってる、とか。銃とかないのか?」

「な、ない! 知らない! はぁ、はぁっ、なぁ! 早くっ、はや、ぐっ」

「……?」

 

 様子がどんどんおかしくなっていく。

 顔面に青白く血管が浮かび上がり始め、呼吸が激しくなる研究者。

 突然バリケードの椅子の脚に噛みつき、ガジガジと歯軋りを始めた。

 あ、これ……こいつ……!

 

「た、高際たかぎわ

「下がってろ、墨野すみや。もう感染してる」

「あ、く、ぐっぎ、ぃ……い、いやだ、いやだぁ、だ、だずげ、だすげでぇ」

 

 椅子の脚に噛みつきながら、涎を撒き散らして涙を流す。

 今までゾンビになってしまったあとの姿しか見てこなかったが、現在進行形でゾンビになりゆく人間を見るのは初めてだ。

 見るに耐えない、残酷な時間。

 俺たちは助けることもできないし、バリケードの中に入れてやることはできない。

 明確な境。

 自業自得だとも思うが、だからザマァとも思えない。

 人間が人間じゃなくなるのなんて、普通に精神的にキツいだろ。

 頭を抱えて廊下でぐるぐると回る研究者は、雄叫びを上げて倒れた。

 静まり返る。

 電灯のカチカチという点滅の音だけが、いやに響いた。

 

『ううう、おおぉうあぁ……』

「っ!!」

 

 そこへ、タイミングがいいのか悪いのか——“三つ巴”が現れる。

 頭が三つの三つ巴は、倒れた研究者の頭を鷲掴み大きく口を開けた。

 歯の奥が体の震えからカチカチと鳴る。

 研究者は顔面を翠色と赤の血管が浮かび上がり、苦悶の表情のまま死んでいたのだ。

 やはりウイルスはある程度適合しなければ死んでしまう代物らしい。

 その研究者の頭を、三つの頭が同時にかぶりついた。

 

「〜〜〜〜っ!」

 

 墨野すみやが俺の後ろに隠れて声のない悲鳴をあげる。

 人の頭が引きちぎられて、血が飛び散る音、頭蓋骨が噛み砕かれる音。

 俺も目を背けるが、音ばかりはどうしようもない。

 情報が得られたのは助かるが、こんな末路は吐き気がする。

 生きたまま食われるところを見せられなくて、まだマシだったと思うべきか。

 


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