接触者


高際たかぎわさん」

「うん?」

「私、もう少しゾンビを狩ってきてもいいですか? 物足りないので」

「——え?」

 

 物足りない?

 物足りないって言った?

 振り返ると千代花ちよかは笑みを浮かべていた。

 俺がなにか言う前にバリケードの向こう側から立ち去り、走り去る足音がする。

 足元からゾワゾワと冷たいものが這い上がってくるようだった。

 顎に触れた指先が氷のように冷たくて、自分の手を自分で握る。

 パワードスーツの影響、だったっけ、あれ。

 すべてのパワードスーツパーツを手に入れたら、千代花ちよかは敵なしになるだろう。

 けれど、さっきのような戦闘狂のような様子が増える。

 あのパワードスーツには、人を好戦的にするらしいのだ。

 ゲーム中もそうして攻略対象たちと溝ができ、怯えながらも支えてもらい絆を深め合う。

 けど、いざ自分がその好戦的になった千代花ちよかと向き合うとなるとやはり恐怖を覚える。

 ゾンビの頭を一撃でかち割るのだ。

 その力がこちらに向けられたならば当然、トマトでも潰すように生身の人間も潰される。

 いっそあの様子ならば、この階にいるゾンビは任せて大丈夫と思うことにでもするか。

 溜息を吐いてから改めて墨野すみや真嶋ましまを起こしにかかる。

 とはいえ、バリケードを外さなければならないから、起きるのはゆっくりで構わない。

 

 

 ***

 

 

 地下三階を探索し、水と食料を得た俺たちはいよいよ地下四階に下った。

 最初の一部屋にバリケードを作り、引きこもる。

 

「では、ゾンビたちを殲滅してきます」

「くれぐれも気をつけてね。この階には千代花ちよかちゃんのパワードスーツのパーツもあったはずだから、その部屋には強い敵もいるよ」

「はい、頑張ります」

 

 いや、頑張るのではなく気をつけてほしいんだけど。

 謎にウキウキして走り去る千代花ちよかちゃんに薄寒いものを感じつつ、墨野すみや真嶋ましまの怪我に傷薬をかけて布を巻き直す。

 包帯なんて贅沢なことは言わないから、清潔なタオルでもありゃいいんだけど……それも贅沢品だよな。

 

真嶋ましまは少し熱っぽいな。横になってまた寝ておけ」

「す、すみません」

「な、なぁ、俺と真嶋ましまはお前と千代花ちよかが地下五階までクリアリングしてから移動した方がよくないか? ゾンビは新しく湧いたりしないんだろう?」

「外へ出る時は一緒の方がいい。ゲームをクリアした時や、映画のラストの定番展開って言えばわかるだろ?」

「定番展開?」

「爆発だよ爆発。証拠隠滅」

「げっ」

「だから出る時は全員一緒の方が安全だ。そしてそのためには少しずつでも進む方がいいと思う。瓦礫に押し潰されて死にたくないだろう?」

 

 と、言うと墨野すみやはむむむ、と顔に皺を寄せる。

 俺としても真嶋ましまが足を怪我していることを考えて、あまり動かしたくはないのだ。

 だが、『おわきん』のラストは脱出&爆発。

 海外映画のお約束的な展開になる。

 

「ク、クソ……もう嫌だぜ……! なんで俺たちがこんな目に遭わなきゃいけないんだっ」

墨野すみや、お前ももう少し寝てろ。お前も少し体が熱いぞ」

「っううう……」

 

 怪我で気が弱くなってるんだろう。

 疲れも溜まっているし、気を遣ってはいるが緊張続きでそろそろ限界が近いはずだ。

 

「あ、あの」

「!」

 

 俺たち以外の第三者の声に、鉄パイプを握りしめて振り返る。

 バリケードの外、廊下に白衣の男が立っていた。

 青白い顔で、目元は窪み、唇はひび割れている。

 コイツは——!

 

「な、何者だ?」

「君たち、地上から来た人、だろう? よく無事だったものだ。なあ、入れてくれ。ゾンビがあっちこっちにいて、このままじゃ食われてしまうっ」

 

 本気で怯えたような声と態度。

 バリケードに使っている椅子やテーブルの脚を掴み、ガタガタと揺らされてブワッと冷や汗が出た。

 

「お、おい、やめろ。ゾンビが来るっ。そもそもあんたは何者だ。敵かもわからないやつを、バリケードの中に入れられるわけがないだろう」

「俺はここの研究者だよっ。研究中のゾンビを逃して、追われてるんだ! 頼むよ、助けてくれ」

 

 研究中のゾンビを逃した?

 それを理由に追われてる?

 色々気になること言ってんなぁ。

 ゲーム中では研究者に誑かされて裏切る攻略対象たちだが、具体的には「安全な逃げ道を教えるから」という条件で千代花ちよかを殺そうとする敵のところに連れていく、的なのが多かった。

 千代花ちよかを裏切るのは死亡フラグでしかないから、もちろんありえない。

 しかし、せっかく向こうから接触してきてくれたのだから、もう少し情報を引き出してやるか。

 

「ゾンビを研究していたのか、この施設」

「そうだ。なあ、早くここを開けて入れてくれよっ」

「いやいや、ふざけるなよ。その程度で信じられるわけないだろう。地上がどうなってるか知ってるのか? ゾンビが溢れて、キャンプ場の客は俺たち以外の全滅したんだぞ。お前がゾンビを逃したのが原因なら、上の惨劇はお前のせいじゃないか」

「そ、それは……でも仕方なかったんだよ。俺は上に言われたことをしてるだけの、下っ端なんだ。自分の研究もさせてもらえない。だから、その……自分でゾンビを研究して、結果を出そうと思って……それでうっかり」

「うっかりでキャンプ場の人間を皆殺しにしたのか? それになにも思わないのか?」

「うう、わ、悪いとは思ってるよ」

 



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