覚悟


 二人の足元には剣や斧、短剣が落ちている。

 残っていた水で傷口を洗い、割いたズボンの裾に傷薬を染み込ませて傷口に結ぶ。

 参ったな、よりにもよって……。


「痛みはまだあるだろう。傷口が塞がるまで足は少し上げておけ。えーと……椅子を持ってきてくれる? 千代花ちよかちゃん」

「はい」


 理科室にあるような、背もたれのない木の椅子。

 それを横に倒して、真嶋ましまに足を乗せさせる。

 やや高くしておけば、血が足先に流れづらくなり止血を早められると思う、多分。

 それにしてもよりにもよって足の、ふくらはぎかぁ。

 墨野すみやの腕よりもよろしくない。

 これでは移動が制限されてしまうからだ。

 弱ったな。


「……」


 不安げな真嶋ましまが俺と千代花ちよかを見上げてくる。

 本人もわかっているのだ。

 これは一つの分岐点になる。


 ——真嶋ましまを見捨てるか、連れていくか。


 俺の迷いは千代花ちよかの真っ直ぐな、そして必死さを滲ませた視線で打ち砕かれる。

 千代花ちよかは見捨てない選択をしたのだ。


「地上に帰りましょう。コテージでお二人を休ませた方がいいです」


 真嶋ましま墨野すみやも連れていく。

 見捨てない、と選択した千代花ちよかがついに決断をした。

 だが、地上は危険だ。

 というか、多分出られない。

 二人を連れて上まで行って出られなかったら、また地下まで戻ってきて出口を探さなければならない。

 怪我人を動かすのは最低限にしないと、体力を無駄にしてしまう。

 かと言って千代花ちよかに確認に行ってもらう間、怪我人が無防備になる。

 どうする?

 どうにかしてみんなを説得して、地下の探索を続けなければ。

 この建物ラスボスを倒して出れば、キャンプ場の外へ通じていた——はずなんだけど……。

 いや、でも! 俺の記憶だって曖昧じゃないか!

 行かないとはっきりと思い出せない。

 それなら地上に戻るのもアリなんじゃないのか?

 ゲームと現実は違うし!


「っ……」

高際たかぎわさん、いいですよね?」


 千代花ちよかの最終確認。

 反対するなら、これが最後。

 反対していいのか?

 反対すべきなのか?

 どれが一番生存率が高い?

 全員が生き延びるために、今選択すべきなのは——。


「…………その前に、俺の話を聞いてくれる?」

「え? は、はい。もちろん」


 眉間を揉みほぐしてから、俺も腹を括った。

 判断材料が少ないし、二人の命を千代花ちよかだけに背負わせるのは違うと思う。

 ここまで誘導してきたのは他ならぬ俺なのだから。


「信じても信じなくてもいいんだけど、俺は今回みたいなゲームをプレイしたことがある」

「え?」

「タイトルは『終わらない金曜日』というホラーとアクション要素が八割の乙女ゲーム。主人公のヒロインはパワードスーツを集めてゾンビと戦い、役に立たない攻略対象三人と脱出を目指すクソゲーだった。で、俺は当時のホラー苦手な彼女にせがまれて、『おわきん』を何度か周回プレイした。今回のキャンプ場の出来事は、そのゲームの展開にそっくりなんだ」

「え……あ、お、おう」


 みんないかにも「突然なに言い出してんだ?」って感じになっている。

 まあ、そうなるよね。

 俺も知り合いが突然こんなこと言い出したら、こんな緊張感の中でついにおかしくなったのかと思うわ。


「敵も驚くほど同じだった。だから俺は、あのゲームが今回の件のヒントになってるんじゃないかって思って、それを前提に動いてきた」

「えっ、じゃ、じゃあ……」

「でもさすがにゲームと展開が同じって言われても、みんな信じられないだろう? だから濁してきた」

「う」

「そ、それは……」


 全員目を背けるじゃん。


「で、今の状況は『おわきん』の終盤に近い。建物の地下を進むと、キャンプ場外に続いていて、攻略対象と脱出するんだ。ただ『おわきん』はクソゲーで攻略対象の死亡率と裏切り率が高い。その上、肝心のシナリオ設定——なぜこのキャンプ場がゾンビまみれになったのか、などの詳細はDLCに回されていて本編をプレイしただけですべての謎が解けるわけじゃない」


 改めて言葉にするとマジでクソゲーだな。

 しかし、俺がすらすら説明するものだから、三人とも先程とは顔つきが違う。

 真剣に聞き入り、俺の情報もまた、一つの判断材料にしようとしている。

 信憑性など、ないというのに。


「でも、それでも俺はこのまま地下に進み、出口を探す方がいいと思う。千代花ちよかちゃんが——主人公が攻略対象と結ばれて外へ出ればハッピーエンドだし」

「……え……」


 今のところ、俺はかなり千代花ちよかに攻略されていると思うんだが。

 ちらり、と千代花ちよかを見ると、心なしか千代花ちよかの頬も染まっているように見えた。

 薄暗い部屋で、時折パキ、とかカタンとか、怪音が聞こえる不気味な空間なのに。


「いや、まあ、それは……それは今じゃなくても、もちろんいいけど」

「は、は、は、はい」


 顔を背ける。

 地味に恥ずかしいなこれ!

 なんだこれ!

 コホン! 話を元に戻そうね!


「もちろん無理強いはしないし、三人が地上に戻る方がいいなら、俺もそれに従うし全力でつき合うよ。普通に考えて俺の言ってることおかしいしね」

「い、いえ、そんな」

「ああ、まあ……納得もしたしな……。こんな状況なのに、高際たかぎわはずっと冷静だった。おかげでここまで来れたようなもんだ」


 墨野すみや真嶋ましまも意外と受け入れてくれたらしい。

 千代花ちよかは俯いて、表情が見えないけど。


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