怪我


 でも俺はゲーマーなのだ。

 しかもアクション、格闘が得意な。

 本物の銃も、海外で練習したことがある。

 本物ではない銃もサバゲーで扱った。

 千代花ちよかだけに戦わせるのは、やはり心苦しいのだ。


「次の部屋に行ってみよう」

「は、はい。そう、ですね……」


 ゾンビに関して、考えても仕方のないことだしね。

 結局、襲ってくるのなら千代花ちよかに倒してもらうしかない。

 隣の部屋に移動すると、そこにも武器を持ったゾンビがいた。

 千代花ちよかが頭を潰して倒すと、やはり黒い水のようになり床に消えてしまう。

 床に……吸い込まれるように。

 思わず床の素材を確認してしまうが、石みたいなんだよな。

 ゲームだからと深く考えたことはないけれど、死体がなんの痕跡も残さず消えるって結構おかしなことでは?


「あ、食糧がありましたよ! これは、パンですね!」

「今度こそ高際たかぎわさん! 食べてください!」

「え、でも見つけたの真嶋ましま……」

高際たかぎわさん、食べてください!」


 次の部屋にあったのはアンパンだ。

 アンパンなんてゲームの中にあったかなぁ?と思いつつ、真嶋ましまに差し出されたアンパンを受け取る。

 本当に俺にくれるの?


高際たかぎわさんもちゃんと食事してください。千代花ちよかさんも高際たかぎわさんも、僕らの生命線です」

「そうです! 高際たかぎわさんがいるから、私は……頑張れるんです」

「っ」


 真嶋ましまはともかく千代花ちよかのセリフと表情は胸にくるものがある。

 それでもやはりエネルギーを必要とするのは、体を動かす千代花ちよかだろう。

 受け取ったアンパンを二つに割って、さらに四分割する。


「甘いものは熱になるからみんなで食べた方がいい。墨野すみやも食っておけよ。血は止まったみたいだけど、得られる栄養は多い方がいい。途中で動けない、なんて言われても困るしな」

「いいのかぁ!? ありがとう、高際たかぎわ! お前本当いいやつだよなぁ!」


 餌付けされて懐くんじゃねぇよ。

 不本意だが、真嶋ましまは見つけた当人だし千代花ちよかには媚びなければならないから食べてほしい。

 俺も食べたいし、墨野すみやだけのけものにはできないから仕方ない。

 四人で四分割したアンパンを食べる。

 三口くらいで食べ終わるが、なにか口に入れただけでもなるほど、かなり精神的に違うな。


「食糧も水も多くて助かるな」

「はい。怖いですけど、高際たかぎわさんのいう通りにして正解でしたね」

「はい! そうですね」

「あとは出口もあるといいんだけどなぁ」


 こいつらも甘いものを食べてリラックスしたのか、先程の張り詰めた感じが少し薄らいだ。

 人間あまり長時間緊張していられないからな。

 しかし、部屋から出たらまた気を引き締めてもらわねばならない。

 地下三階の部屋は残り五。

 廊下を千代花ちよかが先行すると、ついに出た。


『『『ウァァァァァァァァァァァ』』』

「こいつは!」

千代花ちよかちゃん、頭だ! 頭を潰すと強くなるから、一気に三つ潰せ!」

「はい!」


 三つ巴である。

 頭を三つ持つクリーチャー。

 頭を潰すたびにリミッターが外れるように強くなっていく。

 安全に倒す方法など、一気に頭を潰すしかない。

 しかし元々のスペックが高い、サブボスの強さ。

 千代花ちよかが一気に頭を蹴り飛ばそうとしたら、腕でガードしやがった。

 さらに足を掴み、俺たちのいる場所から反対側へと千代花ちよかを放り投げる。

 その上で、こちらに顔を向けた。

 ヤッベェ!


真嶋ましま墨野すみやを部屋の中に連れて隠れろ!」

「た、高際たかぎわさんは!」

「奴の気を引く! 千代花ちよかちゃん!」

「は、はい!」


 前転して廊下に出て、真嶋ましま墨野すみやを部屋の中に戻す。

 顔が二つ、ぐるりと180度回転してこっちを見る。

 いや、キッショ!

 目が合った瞬間の怖気たるや。

 全身一気に鳥肌たった。

 残念ながら武器になりそうなものはなにも持ってない。

 あんなやつに掴まれただけでも、俺の手足は容易く折れる。

 触られたら一貫の終わり!


『ウァァァ』


 はい、そんで駆け足で迫ってくるんですね、クソ野郎。

 だが、ゾンビ三体分の体は三メートル近くあり、要するにでかい。

 駆け足で近づいてきた三つ巴の股の間目掛けてしゃがんで、飛び込む!


「今だ!」

「はい!」



 股の間を潜るという一発技。

 元の俺の体ではできなかったかもしれない。

 高際たかぎわの体の方がしなやかでバネのある筋肉なので。

 俺が股の下を通り過ぎたことで、転ける三つ巴。

 その頭を千代花ちよかがかかと落としで踏み潰す。

 あっぶね……。


「うわああああ!」

「!? しまった!」

真嶋ましまさん! 墨野すみやさん!」


 俺と千代花ちよかが部屋から離れた隙に、武器を持ったゾンビが三体、部屋に入っていくのが見えた。

 千代花ちよかがすぐさま部屋に駆けつけて、肉を潰す音が聞こえてくる。

 立ち上がって、俺も部屋へと急ぐ。


真嶋ましまさん! 大丈夫ですか!」

「うっ……あ、足が……!」

「っ! 傷を見せろ、真嶋ましま。ズボンの裾切るぞ」

「うううっ」


 よりにもよって足かよ!

 部屋の片隅に逃れた二人は、縮こまって頭を抱えていた。



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