地下一階は元三階


「あ! ペットボトルの水がありましたよ!」

高際たかぎわさん、高際たかぎわさん! 見てください! こちらには傷薬と書かれた瓶がありました!」

「おお、これは墨野すみやにあげような」


 棚の上に置いてあったペットボトルを手に入れた真嶋ましま

 千代花ちよかは見つけた傷薬を俺に見せてくる。

 可愛いけど、なんで俺?


「どういうことでしょう? 前に来た時にはありませんでしたよね?」

「そう、ですね?」


 顔を見合わせる。

 千代花ちよか真嶋ましまはこの建物を探索した時にペアを組んでいたから、よく覚えているんだろう。

 俺の記憶は墨野すみやへの怒りで汚染されているのであまりよく思い出せない。

 墨野すみやテメェこの野郎、という感情しか。

 首を傾げる二人に「やはり人が出入りしているのかもな」と告げると、表情が固くなる。


「他の人の水なら、取って行かない方がいいんでしょうか?」

「未開封なんだろう? 他にも避難してきた人がいるのなら、そのうち会えるさ。会った時『ここから出られたら返します』って言えばいい。向こうだって今が緊急事態なのはわかってるだろう。持ち歩かない方が不用心なんだよ」

「え、えー? そ、そうですかぁ?」

「それに、以前来た時になくて今あるってことは——なにも避難してきた他のキャンプ客の私物とは限らない。見た感じこの施設、普通じゃないだろ? ペットボトルのラベルも国内で見たことないし」

「あ!」


 俺が指摘して、真嶋ましまは自分が持つペットボトルの水のラベルを再度見下ろす。

 ウォーターとは書いてあるが、英語だ。

 その下には漢字や見慣れない文字。

 複数の国の文字が書かれている水のラベルなんて、確実に怪しい。


「未開封でも中身が安全な水とは限らないし、飲料水じゃなくて工業用水と可かもしれない。この施設と、今回のパニックに関係ある物的証拠にもなるかもしれないから、持っていくのはいいと思う」

「な、なるほど。そこまで考えてませんでした。そ、そうしましょう!」

「本当に危なくなったら開封して飲む。最後の手段ってことで、だ。それでいいか?」

「はい」

「そうですね」


 二人とも納得して、水のペットボトルを持っていくことを決めてくれた。

 さて、傷薬を布に染み込ませていた墨野すみやは?

 大人しくて一瞬存在を忘れていたぜ。


「どうだ?」

「あ、ああ、消毒液の匂いがする」

「本当だ。アルコールの匂いがするな。こちらも未開封だったんだよな?」

「ああ。側面に使用薬品が書いてある。有毒なものは書いてない」

「そうか」


 さすが現役消防士。

 薬品火災とかもあるから、薬には一般人より詳しいんだろう。

 水と違って安全性の確認もできたし、傷薬は積極的に拾って使おう。

 溜め込んでてもしゃーねーし。


「薬も水もこの施設独自のものっぽいな」

「そうだな。いよいよ怪しいぜ」


 傷薬が効いて痛みが和らいだのか、墨野すみやが地味に元気になってきた。

 ウゼェ、そのまま静かにしてろ、と思わんでもない。

 前回来た時と階層の数え方が違うので、ひとまず地下一階——旧三階を探索し終えて地下二階——旧二階へと下がる。

 ゾンビが出てくるのでは、と全員ピリピリしていたが、一階同様出る気配はない。

 天井の蛍光灯がブチ、ブチと切れて、ホラー演出過多なのにはまた逆ギレしそうになったけど。


「ゾンビ出ませんね」

「はぁー、びびって損したぜ」

「でも前回、一階には出たんだよな? 三階にも出たけど」

「「あ」」


 腑抜けたことを言っている真嶋ましま墨野すみやにボソリと告げる。

 馬鹿たれどもめ、地下一階と地下二階に出なかったらいよいよ地下三階だろ。

 二階で緩んだ警戒を取り戻して引き締めやがれ。


「…………」

高際たかぎわさん? どうしたんですか?」

「あ、いや……建物の中だと時間がわかりづらいなって」

「ああ、そうですね。あ! そうだ、スマホで時間を確認してみたらどうですか?」

「あ、その手があったね」


 地下三階。元、一階。

 俺の記憶が正しければ、地下三階に研究員と遭遇するイベントがあった。

 研究員は下っ端で、キャンプ場で起きている異常事態についてはなにも知らない。

 それどころか、さらに地下へと誘う。

 下にはまだ、同僚がいるからと。

 地下五階に千代花ちよかの纏うパワードスーツの胴体部分があり、そこへと誘導されるのだ。

 そして、その研究員たちは……。

 いや、ゲームとイベントの状況が乖離しているし、その時になったらまた考えよう。

 スマホの電源をつけると、朝の八時。

 外はまだ明るかろう。

 この建物を無事に抜けられればエンディングまで一直線だ。

 落ち着いて進めばきっとなんとかなるさ。


「あ! 見てください! 携帯食糧がありますよ!」

「おお〜! 本当だ!」

千代花ちよかちゃん、戦えるのは君しかいないし、食べておいて方がいい」

「「「え」」」


 千代花ちよかが見つけたのは栄養食が三個入った携帯食糧だ。

 見つけたのは千代花ちよかだし、敵が出てきたら戦うのも千代花ちよかだ。

 つまり、食糧は優先的に千代花ちよかが摂る方がいい。

 だが、俺の提案は三人に驚かれてしまった。

 なんでだよ。


「み、三つあるんですし、三人で分けたらどうですか?」


 とか言い出したのは真嶋ましま

 まあなぁ、昨日の昼頃からなにも食べてないもんなぁ。

 腹、減るよなぁ。

 男子大学生とか食いたい盛りだしなぁ。

 わかるよ。わかる。

 だがな——


「それ結局一人食べられないじゃん」

「「「…………」」」


 千代花ちよかが全部食べました。



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