乙女の悩み(2)


 千代花ちよかはまだ高校生の子ども。

 子どもを戦わせて、こそこそ隠れている俺にそこまで言われる価値はない。

 でも、それでも千代花ちよかには十分なのだろう。

 俺が共に戦おうとするだけで、それだけで価値があるらしい。

 こんな大人の男、カッコ悪いだけだと思うんだが。


「あ、もちろん戦闘のことだけじゃないですよ」

「え」

「案内所のこと、地図のこと、水のこと、食糧のこと、寝る場所のこと、駐車場のこと……私だけじゃやく、墨野すみやさんや真嶋ましまさんのことも気を遣ってくれて、なんかこう、リーダーシップがあって、安心するんです」


 りーだーしっぷ。

 ……は? はぁ?

 ただのサバイバル&ゲーム脳で乗り越えてきた感しかないんだが、俺は。

 しかし、顔を上げた千代花ちよかが笑顔でいる。

 千代花ちよかが笑っているのなら、それでいい。

 俺がどんなに情けなくて格好悪い事情で動いていても、最終的に千代花ちよかがいいのならそれでいいだろう。

 子どもと女の子は笑っているのが一番だ。


「……こんな俺でも、そう言ってもらえるのなら頑張った甲斐あるよ」

「はい。本当に救われてます。頼りに、してます。私、性格がきついって言われるので、今まで周りに、頼りになる人いなくて……高際たかぎわさんは本当に、大人って感じで……その……憧れます」

「……っ」


 はにかむ笑顔。

 その時自覚した。

 俺の中での千代花ちよかは、気を張っている横顔ばかりが印象に残っている。

 でもやはり、女の子なのだ。

 年頃の、幼い、ただの……普通の。

 どんなに『おっぱいのついたイケメン』『ちよちゃんと結婚したい』とか言われる乙女ゲーヒロインであろうとも、きっと、本心では子どもらしく大人に頼りたいんだろう。

 それのなにが悪い。

 当たり前のことじゃないか。


「こんな状況なのに……いくら戦う力があるからと言って、未成年の女の子を最前線で戦わせる成人男性ってカッコ悪くない?」

「そんなことないです。それ以外のところですごく気を遣ってくれますし、高際たかぎわさんのおかげで上手く回ってるっていうか……今日、墨野すみやさんが怪我しちゃいましたけど、高際たかぎわさんがいなかったら、もっと早くバラバラになって、私も墨野すみやさんも真嶋ましまさんも、ゾンビの仲間入りしてたと思います」


 千代花ちよかはともかく——墨野すみや真嶋ましまは、確かにそうかもなぁ。


「そっか。役に立てたならよかった。ゲームの話だけど、俺、色んなゲームしててさ、サバイバルとか、対戦ゲームとか。そういうのの知識でなんとかやってきてて、正直自信なかったんだけど」

「ゲームの知識! すごいです!」

「俺は千代花ちよかちゃんの方がすごいと思う。本当に。いきなりゾンビと素手で殴り合うとか、普通は無理だろ。それなのに、見ず知らずの俺らを守るために本当に化け物と戦ってくれて。千代花ちよかちゃんは勇気あるよ。——尊敬する」

「……っ!!」


 これはガチめの本心である。

 素直に尊敬するし、気恥ずかしさもなくそれを伝えられる。

 この時の俺は千代花ちよかに褒められて浮かれてたのかもしれない。


「さ、そろそろちゃんと休んで」

「あ、は、はい。そうですね。そうします。あの、お話できて、少し、いえ、かなり……リラックスできました。ありがとうございます」

「あ、うん。それは俺も。話ができて楽しかった。見張り頑張る」

「はい」


 笑う千代花ちよかが素直に可愛い。

 この近距離で謎に手を振り合い、千代花ちよかは眠りにつく。

 その寝顔がまた可愛い。

 いつまででも見ていられる。

 この感覚、俺はすっかり攻略されてしまったのかもしれない。

 まあ、死なないためにも引き続き千代花ちよかには媚びていこう。

 千代花ちよかからの好感度はそのまま生存率だ。


 そうして見張りをしてみたものの、その夜は特になにもなく過ぎていった。

 ただ、俺はこの時すでに——明日マネージャーと合流できないな、と思った。




 ***




「開きませんね」

「なんとなくそんな気はしてたけどな」

「ど、どうしましょう?」

「ひとまず部屋に戻って千代花ちよかちゃんと墨野すみやに合流しよう」


 翌朝。

 俺と真嶋ましまは屋上の扉に来て、入ってきた扉の開閉を確認していた。

 案の定、扉は開かない。

 マネージャーとはこれで合流不可能になった。

 食糧も持ち合わせはないし、水も残り少ない。

 墨野すみやは怪我しているし、千代花ちよかに来てもらって叩き壊すのもありなんだけど……。


「ドアの外、なにか鳴き声しましたよね?」

「鳴き声っていうか、デカい足音もしてたよな。外は相当ヤバいのがいると見て間違いない。墨野すみやを連れてコテージまで移動するのは、危険極まりないだろう。下手したら死人が出る」

「で、ですよね……。曇りガラスでよかったような、悪かったような……」

「あれ、多分曇りガラスっていうか強化ガラスだと思うぞ」

「っ、怪物たちの侵入を防ぐための……?」

「多分な」


 階段を下り、部屋に戻ると墨野すみやが起き上がっていた。

 顔色はだいぶいい。

 止血は成功したらしく、傷は一応塞がっている。

 無理に動かせばすぐに開くだろうが、部屋にあった鉄板を押しつけて布で再度固定した。

 骨折しているわけではないが、傷口を圧迫して開きづらくする。

 変な感じに傷口がくっつかないよう水で洗ってからだけど。


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