乙女の悩み(1)


 墨野すみや千代花ちよかに媚び諂ってたわけでもないのに、千代花ちよか墨野すみやを見捨てなかった。

 ゲームならきっと千代花ちよか墨野すみやへの好感度不足で、墨野すみやは詰んでただろうに。


「傷口も洗ったし、ひとまずこれでいいだろう。夕飯は諦めろよ」

「う、す、すまん。わかってる」

千代花ちよかちゃん、明日コテージのベッドからマットと布団を持ってきてもらっていいかな? 真嶋ましま千代花ちよかちゃんと一緒にコテージから食糧と水を持ってきてくれ。俺はマネージャーを駐車場で待つ」

「え、一人で大丈夫なんですか?」

「あの辺りは高圧電流の流れるフェンスがあるから、ゾンビみたいな雑魚は近づいてこないんだよ。出るとしたらゾンビよりヤバいやつだな。まあ、そん時はスマホの防犯ブザーでも鳴らすさ」

「「え! スマホって防犯ブザーついてるんですか!?」」

「知っておけよ若者」


 スマホによって防犯ブザーの発動方法は違うけど、俺のスマホは専用のアプリを入れてあるからホーム画面にブザーメニューが追加されている。

 他のメーカーのスマホだと、電源ボタンと音量ボタンの上げる方を同時に押すとけたたましいブザーが鳴り出したりする。

 さらに電源ボタンを連続で五回押すと119番に繋がったりするそうだ。

 圏外でなければぜひ使いたい機能だよなぁ。


「し、知りませんでした」

「超便利機能じゃないですかっ」

「災害時にも使えるから、アプリだけでも入れておくといいよ」

「「はい!」」


 女子高生と大学生に限らず、身を守る術は一つでも多い方がいいもんな。

 特に千代花ちよかはうら若き乙女なんだから、痴漢とか気をつけろよ。




 そんな話をしてから数時間後。

 スマホの時計は0時を回った。

 すやすやと聞こえる二つの寝息。

 真嶋ましま墨野すみやだ。

 墨野すみやは怪我もしているし、眠れているのならよかった。

 痛みがそれほどでもないのか、痛みが気にならないほど疲れ果てていたのか。


千代花ちよかちゃんも少し寝た方がいい」

「私はまだ大丈夫です」

「ダメだよ。昼間も戦ったんだから。見張りは俺がやるし、なにかあったら起こすから寝て寝て」

「うっ……わ、わかりました」


 とはいえ、作った簡易ベッドは一つだけ。

 椅子を並べて、背もたれを落下防止ガードのように使い寒々しい寝方をするしかない。

 しかし寝ろと言ったのに、千代花ちよかは俺の隣に座る。

 さっき「わかりました」って言ったよねぇ?

 いや、ヒロイン千代花ちよかに媚ねば死亡確率が上がるので、叱ったりはしないけど!


千代花ちよかちゃん」

「すみません。でも、あの……少しだけ話してもいいですか?」

「え? 俺と?」

「はい。えっと、高際たかぎわさんに、ずっとお礼を言っておきたかったんです、私」

「お礼……? なんの?」

「ここまで導いてくれたお礼です」


 みちび……?

 なんの話だ?


「いや、俺はなにもしてないよ?」


 とにかく千代花ちよかに媚びて、役に立って生き延びたいだけだ。

 裏切ったり、逆らったりすれば死ぬからな、『おわきん』は。

 実際ごねてた墨野すみやは怪我したし。

 そう、攻略対象がヒロインに媚び諂う、ヒロイン至上主義の乙女ゲーム。

 その中でも攻略対象がヒロインに守ってもらわねば死ぬ、ホラー要素強すぎクソゲー。

 それが『おわきん』。

 マジで初日の金曜日が終わってる気がしない。

 タイトル通りなのがマジでクソ。


「じゃあ、私が勝手に感謝しているんです。少なくとも私だけだったらきっと……私じゃなくなっていました」

「どういうことだ?」

「よくわからないんですけど、この武器……パワードスーツが増える度に、戦うことに快感みたいなものを感じるんです。もっと戦えって、体が求めるみたいに。最初はあんなにゾンビを倒すのが嫌だったのに、今は積極的に探して倒そうとしている自分がいます。私、きっとこの力に酔っている……呑み込まれそうになっているんです」

「……っ!」


 ゲームではそんな話出てこなかった。

 やはりこれ、DLCネタなのでは?

 くぅ、今ならいくら払ってもいいからDLCやらせろって思うー。

 っていうか、物語の確信的なところをDLCにするのやっぱりせこくねぇ!?

『おわきん』やはりクソゲーだな!

 いやいや、今は千代花ちよかの話を大人しく聞こう。

 スーツのパーツが増えれば増えるほど、戦うこと、命を奪うことへ罪悪感がなくなっていく?

 もっと戦いたい、ゾンビを倒したいと、それ自体を快感のように感じていた?

 別の意味でもクソゲー確定だが、千代花ちよか自身がそれに違和感を抱き不安を募らせていた。

 なんとなく、二日目あたりからゾンビを倒すことにも手慣れてきた感があったけど……。


「でも、まだ“私”なんです」


 体育座りをした千代花ちよかが、その膝に顔を埋める。

 黒い髪がサラリと流れ落ち、俺の視界から千代花ちよかの表情をすっかり隠してしまった。

 言葉とは裏腹に、声はとても不安げだ。


高際たかぎわさんが、私のことを助けてくれる。できる範囲で最大限に、私と一緒に戦おうとしてくれる。私、それが本当に救いなんです。私一人で戦っているんじゃないって思うと、救われる」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る