炊事場エリアボス


「くらえ!」

『ピィ!』

高際たかぎわさん!?」


 拾った小石をハーピーに投げつける。

 正直、投げても当たるとはあんまり思ってなかった。

 しかし当たってしまえばヘイトは俺の方へと向く。

 ぎろりと睨みつけられて、喉の奥がひゅっと引き攣った。

 ただの人間の俺があんな怪物と戦うなんて、絶対に無理だ。

 こっちは丸腰なんだからな!


『キエエエエエエェェ!』

「くっ! 千代花ちよかちゃん! 今だ!」

「っ!」


 飛び上がり、目を見開いたハーピーが俺の方へ向けて一直線に加速してくる。

 でもそのくらい、わかってんだよ俺だってなぁ!

 右の男子トイレ裏に駆け込むと、トイレの屋根がハーピーの爪で砕かれる。

 しゃがんで頭を腕で守り、上から聞こえてきた『ピギァ!』という悲鳴に目を開けると千代花ちよかがレックパーツでハーピーを踏み潰していた。

 拳を上げてハーピーの頭目がけて振り下ろす。


 ぐちゃ。


 アームパーツの拳が頭蓋を潰す音。

 ハーピーがぎゃあ、ぎゃあと翼をはためかせる。

 千代花ちよかの目が赤く光り、ハーピーの武器である足の爪をレックパーツで踏み潰した。

 地面のコンクリートまで砕ける威力。


「よくも、よくも! 高際たかぎわさんを、狙ったな!」

「っ」


 千代花ちよか……半覚醒!?

 早すぎないか!?

 物語中盤以降だろ、あれ!

 なんでもう半覚醒モード発現してるんだ!?

 ゲームの中でもビビったけれど、実際に見るとめちゃくちゃ怖えぇ……!


「ああ! うがぁ! あがぁ! ぎんぎいいぃ!」

「ち、千代花ちよか、ちゃん」


 ハーピーがただの肉塊になるほど、踏みつけ、殴りつける。

 赤く光った目は、彼女が人ならざるものになりつつあることの現れ。

 鬼武おにたけ千代花ちよか

 ゲームの設定根幹に深く関わる主人公。

『終わらない金曜日』が、クソゲーと言われる所以の一つ。

 主人公がゲーム設定の根幹に深く関わるのなんて、普通のゲームだって当たり前だが、『おんきん』の場合それがエグすぎて救いがなさすぎるのだ。

 乙女ゲーとは思えない攻略対象のノーコンぶりに加え、主人公鬼武おにたけ千代花ちよかの背負う運命があまりにも過酷すぎて、ハッピーエンドがハッピーエンドに見えないレベル。

 いわゆる鬱ゲーと言っても差し支えないだろう。

 乙女ゲーなのに鬱ゲーって、どこに需要あんだよ。

 俺が乙女ゲーにも関わらず、アクション要素も多い『おわきん』をそれなりにやり込んだのだって千代花ちよかのエンディングがどれも過酷すぎて「もう少しソフトなちゃんとしたハッピーエンドない?」って希望を抱き、エンディングをフルコンプしたのだ。

 結論から言うと、攻略対象と結ばれるのが一番マシだった。

 攻略対象の中でも、高際たかぎわが一番マシだった。

 この! 無能で一番死ぬし裏切るしマジで駄目な男、高際たかぎわが!

 別に、だから俺が千代花ちよかを攻略しようとかそんなことは思ってない。

 千代花ちよかに守ってもらわなければ、攻略対象はマジですぐ死ぬので。

 俺は死にたくないから千代花ちよかに媚びる。全力でな。

 ……ただ、その過程でまだ未成年の千代花ちよかの心のケアもできれば、と思っている。

 俺は大人だからな。

 でも、今、俺が震えながら立ち上がったのは——そんな大人としての責任感からじゃないような気がする。

 血の海を砕けたコンクリートが吸い込んでいく、そんな地獄絵図の真ん中にいる少女の叫びが、あまりにも悲痛に見えたから。


「ち、千代花ちよかちゃん! もう死んでる! もうやめるんだ!」

「ぎっ! ぐぅ! う、うう、ううううぁぁぁぁああぁっ!」

千代花ちよかちゃん!」


 怖い、近づきたくない。

 でもその恐怖は、血溜まりに対してだ。

 千代花ちよかに対して感じたわけではない。

 一番苦しそうな千代花ちよかのために、血溜まりへの恐怖を押さえつけて、俺はハーピーの死体だった肉塊を踏み潰し、手を伸ばす。


千代花ちよか!」

「————!」


 アームパーツのついていない、肩を掴む。

 大きな声で名前を呼ぶと、瞳の赤い色は消え失せた。

 血溜まりの中から千代花ちよかを引っ張り離して、植木の側まで連れて行く。


「あ、あ……た、高際たかぎわさ……」

「俺は、大丈夫」

「……っ!」

「君は? 怪我はない?」

「あ……は、はい。あの、でも……わ、私——」


 感じているんだろう、自分に起きた異変を。

 明らかにいつもの自分ではなかった。

 そのおかしさに不安を感じて、震えている。


「よかった」


 だからその不安を拭うべく、俺は笑う。

 微笑みかけて、安心させる。

 君は大丈夫、って。


「……高際たかぎわさん……私……私、今……」

「うん、でも……お腹が減ってたら仕方ない!」

「へあ……!?」

「手を洗って、血を落とそう。せっかく炊事場に水があるんだし。他の二人を呼んでくるから、先に炊事場に行ってて。すぐ食事を作るから、みんなで食べて少し休もう。それから、また出口を探そう。ね」

「…………。は、はい」


 俺にできること。

 千代花ちよかの覚醒を遅らせること。

 ああ、それにしても本当に……『おわきん』はクソゲーすぎるな。

 あんな幼い女の子に、こんな過酷な運命を科すなんて。

 胸糞悪くて内心で舌打ちしつつ、少し離れた場所で待っている真嶋ましま墨野すみやを呼びに行った。

二人はのんびりと長椅子でバーベキューの下準備を行なっている。

まあね! それも大事だけどね!


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