管理棟イベント


「なんでだよ!」

「「!」」


 管理棟の玄関を潜ると、墨野すみやの叫び声がした。

 ああ、ショップのシャッターが降りていて、食べ物が手に入らなかったから逆ギレしていたのか。

 真嶋ましまも悔しそうな表情で、シャッターのボタンを探している。


「そんな……ショップが使えないんですか……!」

「まあ、防犯的には当たり前だろうな。お前らもあまりシャッターを叩くなよ。防犯カメラが動いてるぞ」

「っ!」


 さすがに国家公務員の墨野すみやは、俺が防犯カメラをを見上げるとシャッターから離れた。

 緊急事態とはいえ、褒められる行為ではないからなぁ。


「くそッ! ショップは諦めるしかないのか!」

「今日のところは諦めて、本当にヤバくなったらシャッターを破壊させてもらおう。とりあえず水はそこの小型冷蔵庫にあるみたいだ」

「え! あ、本当だ! すごいです、高際たかぎわさん! 見つけるの上手いですね!」

「お前たちがショップにこだわり過ぎていたんだよ。冷静に周りを見回せば、見つけられたさ」


 ソッコーで諦めた真嶋ましまが、俺が手に取った水を受け取る。

 一本二百円というそこそこなお値段だが、四人で六百円。

 冷蔵庫の中の本数は八本。ゲームより多いな?

 いや、幸いだ。全部購入させてもらおう。


「とりあえずお金はここに置いて……一人二本も持てるみたいだ。持っていこう」

「はい!」

千代花ちよかちゃんの分は俺が持つよ」

「え、でも」

「ゾンビが出たら戦ってもらわなきゃいけないから、気にしないで。荷物持ちくらいはできるから」

「あ、ありがとうございます、高際たかぎわさん」


 千代花ちよかにゴマは擦っとかなきゃな。


「あの、ここ、安全そうじゃありませんか? 今夜はここに泊まりましょうよ」


 そう言い出したのは真嶋ましま

 まあ、夕方からずっと歩き詰めだ。

 化け物には何度も襲われるし、心休まらない。

 腹も減った。

 精神衛生的にも、このまま一眠りするのが最善。

 それはわかる。

 ゲーム内容を知らなければ、俺だって二つ返事で賛成しているさ。


「確かに、疲れたもんな」

「そう、ですね」


 墨野すみや千代花ちよか真嶋ましまの意見には賛成。

 くっそー、俺も賛成してぇ〜!


「俺もそれは賛成だけど、建物の安全性を確認しないと怖くないか?」


 そう、ここ……

 このままなにもせず寝たら、全員死亡エンドだ。

 っていうか、このセリフは真嶋ましまァ! お前の役目だろう!

 なに言い出しっぺになってんだぁ!

 ゲームで言い出すのは高際たかぎわだろう!

 ……俺が言い出さないから真嶋ましまが言い出したのか。

 くっ、変な補正入りやがって!


「確かに、最初に私たちが出会ったビルも、中にゾンビがいましたよね……」

「そ、そうだな。ゾンビが隠れてたら……まずいよな」

「あ……そ、そう、ですよね……」


 フラグが立った瞬間、天井からグチュ、グチュ、という音が聞こえてくる。

 その粘着質な水音と共に、ポタリポタリと俺たちの中心に紫や緑の液体が垂れてきた。

 全員がその場から距離を取る。

 そして、恐る恐る上を見上げると——。


『オ、ォオ、ォオ、ォ……ォアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

「うわあああああ!」


 顔が見えるだけでも五つ、浮かび上がるスライムのようなゾンビ。

 作中屈指のキモさを誇る、スライムゾンビだ。

 俺たちが部屋の四隅に散ると、落下して人の形を取る。


「ひ、ひいいぃ! なんですかこいつ!」

「……液状? いや、粘液か? スライム状のゾンビか!」

「そ、そんなの倒せるのか!?」


 千代花ちよかだけがすぐさま戦闘態勢を取る。

 俺たちが戦えないから仕方ない。

 だが、こいつはマジで気持ち悪いだけでなく——強い。

『おわきん』の中ボスではトップクラス。

 そんなのこんな序盤に設定すんじゃねぇよと、何度キレかけたことか。

 こいつ、これ見よがしに出ている顔が弱点ではないのだ。

 こいつの弱点は——体内、太もものつけ根部分にある赤い核!

 スライムゾンビは取り込んだものすべてが融解しているため、赤い核は人間の血肉の固まった部位と見分けがつかず、めちゃくちゃわかりづらい。

 ここまでいえばスライムゾンビの難易度はおわかりいただけることだろう。

 そう、マジ、クソ。

 しかし、それをどう伝えたらいいんだ!

 三メートル伸びる液状の腕の攻撃を避けながら、千代花ちよかは外へと出て行く。

 俺たちを巻き込まないためだ。


「……クソ!」

高際たかぎわさん!? どこへ行くんですか! 危険ですよ!」

千代花ちよかちゃんがやられたら、次は俺たちなんだぞ!」

「ひっ」


 俺を引き止めようとした真嶋ましまを振り払い、玄関まで出る。

 ——よし!


千代花ちよかちゃん! 右太ももの赤いやつだ! そこだけ月の光の反射が違う!」

「!」


 顔面を何度も潰して効果がないことに、苦虫を噛み潰したかのような千代花ちよかの顔が俺の方へ向けられる。

 すぐに顔をスライムゾンビへ向け、右腕を振りかぶった。


「はあああああっ!」


 俺の言ったことを信じてくれたのか。

 無数の腕が飛び出し、千代花ちよかを襲う。

 それを華麗に避け、一回転しながら拳を右太もものつけ根へと叩き込んだ。


『ォギャァァアアアアアアアアアアアアア!』


 水のようにバシャっと地面に広がるスライムゾンビ。

 よ、よかった……無事に勝てた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

千代花ちよかちゃん、大丈夫か!」

「は、はい。危ないところでしたけど……怪我はありません」

「よかった。あ、水……水分補給、しておきなよ」

「あ……ありがとうございます……高際たかぎわさん」


 千代花ちよか野水、俺が預かってたからな。

 パワードアームをつけた手ではキャップを取りづらかろう。

 キャップを外して手渡すと、グビグビと一気飲み。

 ほぼ半分飲み終わると、一息。


「……高際たかぎわさん、ありがとうございます」

「ううん、お疲れ様」


 とりあえず、管理棟のイベントはこれでクリア、だな!



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