コテージエリア


 管理棟のイベントをクリアしてから、あのスライムゾンビが天井から垂れて床を汚してくれたので俺たちは管理棟をあとにした。

 シンプルに気持ち悪かったのだ。

 なんかこう、衛生的に? 生理的に? キモくて……。

 そんなわけで管理棟で一夜を過ごすことを諦めた俺たちが次に向かうのは、必然的にコテージエリア。

 家族連れが数日宿泊するためのものなので、屋根も電気も期待できるからだ。

 俺たちが一番最初に入ったあのビルは、おそらく“組織”のものだろうが、その周りにあった森はアスレチックエリア。

 近くにはプールもあったみたいだ。


「このキャンプ場、こんなに広かったんですね」

真嶋ましまもパンフレットあんまり見ないで予約したクチか?」

「は、はい。いえ、一応ネットで地図は見たんですけど、自分が泊まる場所以外は関係ないかなって……」

「おれもおれも」

「ははは」


 さすがクソ乙女ゲー『おわきん』の攻略対象。

 俺含めて全員ポンコツ。


「一人でキャンプを楽しむことばかり考えてましたけど、ここの施設ってこんなに充実していたんですね」


 顔を出してきたのは千代花ちよか

 そういえば千代花ちよかもソロキャンか。

 聞けば高校で女子のソロキャンが流行っているらしい。

 なんかそういうアニメだか漫画だかの影響で。

 へー。


『おおおぉ』

『ぁぁああぁ』

「ゾンビ!」

「みなさんは隠れていてください!」


 前方からゾンビが歩いてきた。

 千代花ちよかがゾンビの頭を殴り、破壊する。

 ……返り血を浴びて、顔を顰める千代花ちよか

 でも、さっきの話は本当に、ただの、普通の女子高生だ。

 そんな千代花ちよかが一人で戦わなければいけない。

 本当に、嫌なクソゲーだな、ここは。


「もう大丈夫です」

「あー、びっくりしました」

「でもそろそろ慣れてきたかもな」


 駆け寄ってきた千代花ちよかに、真嶋ましま墨野すみやがそんなことを言う。

 はあ、本当にクソゲー……。


千代花ちよかちゃん、大丈夫? 怪我してない?」

「はい。倒し方もコツがわかってきました」

「そっか。でも、やっぱり気分いいもんじゃないだろう? 戦わなくてもよさそうな時は隠れてやり過ごそう」

「あ……、……はい。ありがとうございます、高際たかぎわさん」


 よかった、千代花ちよかはまだ笑顔になる余裕があるみたいだ。

 ……それに比べてこの脳天気な攻略対象どもときたら……。

 戦っているのは普通の女子高生だぞ?

 もっと気遣ってやればいいのに。

 ギリ真嶋ましまはいいさ。大学生だし。

 だが墨野すみや、オメーはダメだ。最年長!


「こちらこそ。また守ってくれて、ありがとう」


 正直——やっぱり悔しい。

 千代花ちよかはただの女子高生で、子どもだ。

 俺は成人。大人だし、男だし。

 ゲームだけど、こういうアクション系のゲームでセミプロやってるんだ。

 武器があれば、俺だって戦える自信はある。

 さすがに素手は、無理だけど。

 照準アシストなしで狙撃もできるんだぞ、ゲーム内だけだけど!


「っ……はい」


 千代花ちよかが笑って頷くので、もう一度安心できた。

 笑えるうちは大丈夫かな。

 でも、やっぱりあまり無理はさせたくない。大人として。

 しかし、コテージが魅力的なのは頷ける。

 確かにコテージは少し休むことができるのだ。

 コテージにはとある重要アイテムがあるので、行くのは俺も賛成なんだが——決して安地ではない。

 中ボスがしっかり用意されている。


「あ! 見えましたよ!」


 真嶋ましまが指差す。

 コテージエリア、到着。

 ここで管理棟からくすねてきたマスターキーを使う。

 コテージは全部で十棟。

 そのうちの一つにお邪魔する。

 電気は通っているが、明かりをつけるとゾンビが寄ってくるので懐中電灯で中を探索。

 ひとまずゾンビが隠れていないことを確認して、俺たちは二階に移動して階段にバリケードを張る。

 こうしておけば、ゾンビが来だとすぐにわかるからな。

 ……ここまではゲーム通り。


「やっと一息つけますね……!」

「はぁ、疲れた〜! しかし、やっぱり腹が減ったな……」

「本当ですよ、夕飯も食べてませんからね。昼ご飯が最後のご飯ですよ」

「カップ麺でいいから、なにか食べたいぜ……」

「食い物の話をしたら余計に腹が減るから、考えない方がいい。とにかく明日のことも考えて、今は体力を回復しよう」


 そう、マジで、本当に、お前らは口を開かず寝ろ。

 ちょっとでも寝ろ。

 体力を回復しておけ。

 明日の昼になるまで飯にありつけないと思え。

 疲労と空腹、そして睡眠不足で、攻略対象は高際たかぎわを筆頭に千代花ちよかにきつい態度をとるようになる。

 守ってくれるはずの千代花ちよかへ、だ。

 確かに疲労と空腹、睡眠不足は人の思考を奪う。

 とにかく寝られる時に寝ておかなければ。


「スマホのタイマーをセットして、俺は寝る。千代花ちよかちゃんも寝ておいた方がいい」

「は、はい。……でも、緊張して眠れなさそうです」

「目を閉じて体を横たえておくだけでも違うはずだ。ベッドは千代花ちよかちゃんが使うといい。君が一番疲れてるはずだ」

「え、でも」


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