クソ乙女ゲーのクズ攻略対象に転生してしまった?
画面を拡大してみると、夫の抵抗で顔の半分の皮が、椅子で捲れ上がっていた。
夫が悲鳴をあげて、子どもたちは泣き声を上げる。
大人が二人とも倒れた時、家族を襲っていた男と画面越しに目が合った。
——死んでる。
本能的に、直感的に。
生者が生者であるが故に。
濁りきって生気のない目が“獲物”を捉えた瞬間を、“獲物”も悟った。
はあ、と息を吐き、一気に干上がった喉。
頭の中に警報が鳴る、なんて嘘だと思っていた。
スマートフォンを握り締め、一心不乱に背を向けて走り出す。
警察を呼ばなかった報いだろうか。
“俺”は間抜けなほどに必死に走り出し、近くの建物に駆け込んだ。
そこがどこかもよくわからないまま、息を潜めて先程見たものを瞼の裏から追い出そうとする。
B級ホラー映画でよく見る、あれは、ゾンビだ。
建物の入り口がガタン、と鳴る。
それだけならまだ、端の方で震えていただろう。
だが、ドアはガタガタと鳴り続けた。
誰かがこじ開けようとしている。
鍵はかけたか?
鍵などついているのか?
その時ようやく自分が逃げ込んだ建物をまともに見た。
山小屋のような場所。
金を払ったキャンプ客が自由に持って行けるように、薪が束になって置かれている。
その束を一つ持ち上げ、ドアへ投げつける準備をした。
その瞬間。
『ァァァァウ!』
「う、うわぁぁぁぁあ!」
真後ろの窓から、手がガラスを破って入ってきた。
光のない目をした、さっきとは別の男の——死人だ。
ガラスに触れて皮膚が破れようがお構いなし。
“俺”に手を伸ばし、大口を開けて叫ぶ。
『アアアアァァァ』
言語を忘れたように、窓を開けるという発想がないように。
ドアがガチャガチャと鳴り、ついにドンドンと殴るような、体当たりを受けているようなへこみ方をし始めた。
このままでは挟み撃ちになる。
「は、はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ、はぁ!」
小屋から出るには出入り口か、一つしかない窓を使う以外にない。
しかし、その両方を塞がれている。
夕暮れでまだ明かりがある中、窓から手を出す“それ”を間近で見た。
割れたガラスに皮膚を裂かれながらも止まらない男。
死んだような目。
単調な動きと、失われた自意識。
追い求めるのは、生者の生肉。
こんなものは、まるで——。
「なんだよこれ、なんなんだよ! う、うっ……うあああああぁ!」
薪を窓の“それ”に投げつけ、怯んだ隙に窓から飛び出した。
その後闇雲に走り続け、崖から落ちたのだ。
“俺”はそうして気を失い、目が覚めた。
思い出せたことに軽く絶望しながら、全身の震えを堪えて辺りを見回す。
森、なんだけど、夜、なんだよな。
何時間気絶してたんだ?
「……とにかく、人のいるところを探すべきだよな——あ?」
うっすらと森の奥に背の低いビルが見えた。
三階建ての、横に長いビル。
なぜこんなキャンプ場の近くにビルが?
よくわからないが、明かりがついている。
人がいるってことだ。
恐怖心が先に立ち、吸い寄せられるようにビルへと近づいた。
そこで、奇妙なことに気がつく。
このビル、玄関がない。
そして——。
「お、おい、嘘だろ……この顔……!」
“俺”は“俺”の記憶があった。
名前は
職業はモデル。
だが、顔と名前が一致したのは、まさに今、ビルの窓ガラスに映る顔を見た瞬間だった。
「こ、これ! あのクソ乙女ゲーの攻略対象じゃないか!!」
この男のせいで、なんどゲームオーバーになったことか!
“こいつ”!
『終わらない金曜日』、通称『おわきん』というパンデミックホラー要素を詰め込んだ乙女ゲームの攻略対象。
すぐ保身に走り、裏切ったりゾンビ化して主人公たちとプレイヤーへ精神ダメージを与えてくるクソ男!
『おわきん』自体もクソゲーだったが、恋愛ものの攻略対象とは思えないほどのクズ!
それでも一応、
……そう、『おわきん』のなにがクソって、乙女ゲームなのにヒロインが守られるわけではなく守る側なことだ。
しかも、裏切ったり自爆でゾンビ化したりする無能なクズを。
他の攻略対象も似たり寄ったりの無能なアホばかり。
なんでこれ発売しようと思った?と、何度思ったことか!
しかしまあ、時代の流れから「守られるより守る女」の方がウケがいいと思ったのかもしれない。
日曜日の朝に女の子が戦うアニメとかも、何十年とシリーズが続いているし。
でもあのゲームちょっと盛りすぎだったと思うけどねぇ!
「……まさか、これが噂の異世界転生? お、お、乙女ゲームの世界に? よ、よりにもよって、『おわきん』に? 『おわきん』の
いっそ笑えてくる。
俺がなにをしたって言うんだ……?
あまりにも罰ゲームすぎる。
いいのは顔だけ!
顔以外はいいところなし!
完全なる観賞用ならよかったものを、ストーリーを進めるとそのクズぶりから変顔まで晒して観賞用としての価値すら損なう。
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