クソゲー転生


 夏だ。

 最近流行りのVtuberがホラーゲームばかりやるので、俺の最近の作業映像はホラーゲームばかり。

 ふと、ホラーゲームのプレイ動画に懐かしい作品を見つけた。

 乙女ゲームなのに、パンデミックホラー要素を半分以上盛り込んだトチ狂ってる乙女ゲーム……『終わらない金曜日』だ。

 乙女ゲームだがあまりのパンデミックホラーっぷりに怖がった当時の彼女に、「お願いだから怖いところだけプレイして!」とお願いされたんだった。

 そして、『終わ金』はマジで頭のおかしいレベルでホラーゲームすぎたんだわ。

 進んでいくゲーム画面を見ながら「そうそう、この攻略対象の男どもが、全然役に立たなかったんだよな〜」と思い出す。

 懐かしい。

『終わ金』は本当に頭がおかしいゲームだった。

 ヒロイン——主人公がパワードスーツでゾンビと戦い、攻略すべき男たちが完全なるお荷物。

 今考えても、乙女ゲームにする必要がまったくわからない仕様だ。

 動画の攻略対象たちのポンコツ具合に、だんだん笑えてきてしまった。

 もはやコメディ動画だろ、これ。


「あ、やば。……ウーパー頼んでたんだったわ」


 玄関から鳴るチャイムに、動画を止めて立ち上がる。

 某国から発生し、世界中で流行病が蔓延している現在の情勢下——独り者のセミプロゲーマーは気楽でいい。

 大会中止でネット対戦にシフトしつつあり、大会も自宅から参加できるようになっている。

 しかし、現地で声援を背に浴びながらプレイする快感には到底敵わない。

 やはりプロたるもの、声援を受けなければ。

 とはいえ、天性のゲーム勘も持たない努力型の俺は、いつセミプロからプロになれるのか。

 ゲームだけしてりゃいいから、羨ましいとよく言われるがとんでもない。

 集中力を養うための体力と一瞬の判断力と、見極める動体視力は必要不可欠で、こんなご時世でなければジム通いが普通だ。

 縦長い我が家の二階には、ジムに行けないから筋トレグッズが増えたぐらい。

 これだけ金をかけて努力しても、プロの世界にもうあと少し手が届かないのだからどんな世界であろうとやはり“プロ”とは文字通り“プロフェッショナル”なのだ。

 馬鹿にするなと言いたい。

 ワイチューバーとしてゲーム実況でそれなりに安定的な稼ぎはできるようになってきたけれど、俺の目標はあくまでプロゲーマーだ。

 道のりが遠くとも、来年中には必ずプロになってやる。


「ふぁあぁ、腹減った」


 だが、それにはまず栄養だ。

 一階に下りて、玄関に置かれているだろう牛丼を取りに行こうとした時——俺は最初の一段を踏み外す。


「へ」


 普段ならこんなことはありえない。

 自分でもどうして、と思った。

 だが、その角度もヤバい。

 傾く体は落下しながらで、後頭部に感じたこともない痛みと衝撃。

 ヤバい、と感じた瞬間、目の前が真っ暗になった。

 ああ、本当に——なんでこんなことに。





 黒い水面が揺れている。

 小さな白い粒は、星だろうか?

 歪む。歪む。どこまでも。

 俺は死んだのか?

 せめて視界が白ならば、どこぞの病院に運ばれたのかとも思うけれど、生憎俺は一人暮らしの独り身だ。

 階段から落ちて、すぐに救急車を呼んでくれるような相手はいない。

 詰んだ。

 死んでる。

 あの世に違いない。

 そう思うが、何度か瞬きすることに成功して次第に視界がクリアになっていく。


「……? こ、こは?」


 薄寒く、薄暗く、なおかつしっとりと肌に纏わりつくような湿度。

 ぼんやりとした意識の中、最後の記憶を思い出そうとすると経験のない記憶が蘇ってきた。

 人間の姿をした怪物、ゾンビ。

 腐肉と化してもなお、動き回るB級ホラー映画の定番。


「夢、見てたのか?」


 だが、どちらが夢だろう?

 階段から落ちたのが夢なのか、ゾンビが夢なのか。

 できれば後者が夢であってほしい。

 けれど、あたりを見回すと森。

 木々の葉の隙間から、藍色の夜空からは星が見える。

 おかしいだろ、俺は家の中にいたはずなのに。

 段々と呼吸が荒くなる。

 なにかが——そう、決定的ななにかがおかしいのだ。


「はぁ、はぁ……はぁ」


 立ち上がると、背中側に崖があった。

 頭からかすかに垂れてきたものに触れると血。

 記憶が揺さぶられる。

 俺は間違いなく、経験していない記憶だ。

 モデルとして活動していて、今日は久しぶりの休み。

 完全オフ。

 意気揚々と流行りのソロキャンプとやらに乗り出した“俺”は、夕方になると周りの様子がおかしいことに気がついた。

 フォト映えの事件でも起きたのか、とワクワク近づいたのが失敗だった。

 家族連れのテントが、一人の男に襲われていたのだ。

 最初は物騒な、とスマートフォンで家族が襲われる様子を撮影していた。

 警察を呼ぶ?

 そんなの誰かがやるだろう、と。

 それに、襲ってる男の様子がおかしいと撮影し続けてから気づいた。

 妻を守るために夫が椅子で男に応戦する。

 男は夫に椅子で殴られているのに、「あー」とか「うぁぁー」とか単調な声しか出さないのだ。

 それに、襲われた妻は首から血を流して倒れている。

 子ども二人が駆け寄ると、今度は夫が男に襲われた。

 椅子を掴まれ、身動きが取れない状態で首を噛まれる。

 この時、血まみれの男の顔が青白いと思った。

 不健康にしては、血の気がなさすぎる。


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