二つの世界

@nagi_0313

第0話 ゴタルカの奇跡

グレンはこの世に生を享けた瞬間から王子

というわけではなかった。

エイジ420、五大国の一つであるゴタルカのアイザック王は大きな戦いの前夜、

後継ぎについて正妻であるミコトと話していた。

「わかってはいるのだ、あの娘は王にならなくてはならない運命だということを。

しかし、なぜよりによって最も悪魔との戦いが激しいこの国なのだ。」

ミコトは震え声の夫の手を強く握りながら言った。

「でもあの子は私たちのただ一人の娘である事でありながら、この国の希望なのです。」

王は思い詰めた顔で椅子を立つと、

「今一度考えさせてくれ、朝までには伝える」

そう言い残すと、部屋を出ていった。

真夜中にも関わらず、明かりを灯す酒場を尻目にして、人知れぬ森に向かったのだ。

一八で先代の王だった父が死んでから、二十年が経とうとしていた。

父譲りの恵まれた魔力と若さゆえの無鉄砲さ、母譲りの優しさを携えた彼は歴代の王の中でも最も慕われる存在だった。

国の生命のために、全てを注いだ男は葛藤し、森をただ歩いた。

まるで魔力を全く持たない木こりのように、

そうする内に様々な考えが頭を巡る。

魔力に恵まれて自分は幸せだったのか、魔力を持っているものは偉いのか、もし魔力を持たずに生まれ、ノーマルとして生きていたら。

一方で、命を救った多くの人々のことも考え、また一方で命を奪った多くの悪魔のことも考えた。

そうしている内に大きな木の下に寝込んでいる老婆を見つけた。

アイザック王が急いで駆け寄ると、

「なんでも良いので水と食べ物を、、」

弱々しい声だった。

王は木に生えている林檎と

自身の魔力によって生み出した水を与えた。

歯がない老婆は先に王の手に囲われた水を啜った。すると、老婆は美しい女に姿を変えた。

リンゴをひと齧りしたのち、女は口を開いた

「あなたが自身の命を削り、生み出したこの水はとても素晴らしいものでした。何か一つ願い事を叶えて差し上げましょう。」

王は自身の悩みの全てを女神に話した。

多くの沈黙の後、女神は語り始めた。

「残念ながら貴方の娘であるユキは遥か昔、

神によって決められた予言の子なのです。

なので私の力では貴方の悩みを全てを解決することはできません。」

王はひざまづいて懇願した。

「どうかあの娘に愛する人と長い時間を過ごすという、些細な幸せを与えてください」

女神は真剣な顔で王を見つめた。

「しかし、私の命と引き換えに希望を与えることはできます。私の魂を犠牲にして、五つの聖霊を創ります。それを道具の中に閉じ込めて、五人の持つべきものたちの元へ贈ります。

これで人間界は悪魔界に対抗出来るはずです」

「失礼ながら女神様、今の時点で互角に戦えているというのは私の勘違いなのでしょうか。」

「悪魔界での争いが終わった今、次の戦いから

六魔王直属の上位悪魔のみで構成された部隊がいます。

貴方たちが今まで戦っていた魔族とは力の次元が違います。

魔族はあくまで悪魔の手下にすぎません」

開こうとした王の口に女神は指を当てて続けた

「私との話が終わった後、

貴方の左手の小指に指輪が現れます。

その指輪を次の戦いで使うのです。

戦いが終わったら、

この木の下にゆりかごがあるはずです。

その中には男の子が入っています。

その子の名はグレンと名づけなさい。

そして、指輪を付けさせるのです。

そしてその子を自分の子のように、

真実を隠しながら育てるのです。」 

次の瞬間女神は消え、

木の下には齧られた林檎だけが残っていた。


夜と朝が過ぎ、昼の戦いでアイザック王は聖霊の力を借り、上位悪魔を蹴散らし、残りの魔族たちは引いていった。

この出来事は後に、ゴタルカの奇跡とされた。

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