第2話 異世界へようこそ
「お主ら、まもなく夜が来るぞ? この辺りは夜になると不気味な連中たちが出没するから早く家に帰りなされ」
店主と思われる老人はやはり先ほどの店主とは別人のようだ。
老人は他に何も言わず、俺たちに背を向け歩き出した。
「す、すみません! 俺たちさっきまで違う場所にいて……、気づいたらこの場所に立っていて……、とにかく何が起こってるのか状況が全く分からないんです! どうか助けていただけませんか?」
俺は藁をもつかむ思いで老人に助けを求めた。すると老人は俺たちを吟味するかの如くじっと見つめ、『ついてくるのじゃ』と家についていくことを許してくれた。
老人を先頭に、俺たちは薄暗くなり始めた森を歩く。周囲からはガサガサと不気味な音が聞こえてくる。
「ふえ~ん……。こ、こわいよぉ……」
横を歩く姫は今にも泣きそうだ。
「そ、そういえば自己紹介まだだったね! 俺は
「あれ? なんで私の名前知ってるの? 同じクラスだっけ?」
「いや、隣のクラスだよ。姫宮さんは超有名人だから、同じ学年で知らない人なんていないんじゃない?」
「そっか。じゃあよろしくね、コウ……くん?」
「 “くん” はつけなくていいよ」
「わかった。よろしくね、コウ! 私のことは “ユカリ” って呼んで! ……ねぇ、怖いから腕掴んでてもいい?」
「へっ!? あ、あぁ別にいいけど……」
「ヤッター!」
リア充女子は人との距離を詰めるのが大変上手なようだ。ユカリはなんの躊躇もなく、俺の腕に自分の腕を絡めてきた。女子と腕を組んで歩くなんて初めてのことで、俺は緊張で動きがぎこちなくなる。
そのまま森をしばらく歩くと、数軒の民家が建つ開けた場所にたどり着いた。その内の一軒、用途の分からない道具が雑多に並べられたこの店が老人の住まいのようだ。
部屋に通され待っていると、老人は温かなスープをごちそうしてくれた。そのスープはとても美味しく、不思議と体力が回復していくのを感じた。
「ところで、お主たちはなぜあの様な場所にいたのじゃ?」
老人がお茶をすすりながら俺に尋ねた。
「えっと……、俺たちが元いた場所でちょっとした事故がありまして……、その時【オスナスイッチ】っていう謎のスイッチを押してしまって……、気づいたらあそこにいた感じです」
「【オスナスイッチ】とな?」
「はい……」
「そんな名前だったかどうかははっきりせぬが、 ‟押すと勇者になれる” というスイッチがあるのを聞いたことがあるのぉ」
「ゆ、勇者ですか?」
「あぁ、もしお主たちが押したのがそのスイッチであれば、お主たちは今勇者ということになるが……。明日近所に住んでいる魔術師のおばぁに調べてもらうと良いじゃろう」
「分かりました。ところで、この世界のことを教えてほしいのですが……」
すると老人は部屋の奥に入り何かを探し始めた。
しばらくして頭にホコリを付けた老人が、筒状に巻かれた古めかしい紙を持って出てきた。
「やれやれ待たせたの。ほれこの辺りの地図じゃ」
この地図……、俺たちの住んでいる街とは全く違う。まるでRPGゲームの中にいるようだな……。
「ここはルクーツ王国といっての、ここ最近ある魔王に攻め込まれており大変困っておる。ほら、さきほどお前たちのスイッチを持って行ったあの黒い怪鳥。あれは魔王のペットなんじゃ」
老人の話から推測すると、俺たちはその魔王からあのスイッチを取り戻さないといけないらしい。
「もう今日は遅い。この家で休んで行くがよい」
「「えっ!? いいんですか!?」」
「あぁ。でもまぁ、部屋は一つしか余ってないから、お前たちは一緒に部屋を使ってもらうことになるがの」
店主はお茶をごくりと一口飲みながら、そんな重大なことをさらりと言った。
貸してくれた部屋に入るとさらなる問題が発生した。その部屋にはベッドが一つしか置かれていなかったのだ。
俺はベッドを見つめ思案する。しかし答えは一つしかない。
「よしっ! 俺は床で寝るから!」
「えっ!? そんなのダメだよ! ベッド結構大きいし、半分こしよっ!」
……異世界バンザイ!!
俺は心の中で大きく両手を挙げた。
灯りを消し、二人で背中合わせに寝る。心臓がバクバクと音を立ててうるさい。
「ねぇ、コウ……。これからどうする?」
「元の世界に戻るためにはスイッチが必要だ。だから魔王からスイッチを取り戻すしかない」
「マジ!?」
驚いたユカリが俺の身体に上半身を乗せ、顔を覗き込んできた。
「マジマジ! ってか近いっ!」
「あっ! ご、ごめん……!」
ユカリは赤面し、急いで元の姿勢に戻る。天然小悪魔あな恐ろし……。
別の意味でドキドキする中、俺たちの異世界転移一日目の夜が更けていった。
翌朝、早速俺たちは魔術師のおばぁの家に向かった。
「店主のおじぃから大体の話は聞いておる。どれ、お主らのことを調べてしんぜよう」
そう言うと、おばぁは俺に手かざして謎の呪文を唱え始めた。『ふむ……』と頷き、今度はユカリのことを調べ始めた。
「ふむ。確かにお前たちは勇者になっておる。ただ……」
「た、ただ……?」
「原因は分からんが、お前たちは二人一緒でなければならん。二人が離れてしまうと勇者としての力がなくなるようじゃ」
「それは一体どういうことでしょうか?」
「つまりは、お前たちは
……えっ? そんなオイシイ設定ありですか?
俺たちの異世界ラブ……いや、スイッチを取り戻すための異世界旅はこうしてスタートしたのだった。
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