“オスナスイッチ”を押したら異世界転移してしまいました
元 蜜
第1話 このスイッチ押すべからず
新入荷! 冴えないキミへ【オスナスイッチ】
……なんだこれ? え? これは逆に『押せ』ってことか?
ある日、俺は一軒の古びた骨董屋の軒先でこんな看板を見つめていた。
するとそこへ、店主と思われる一人の老人が店の中からゆったりと出てきた。
「そこのお主」
看板に集中していた俺は、まさか自分が呼ばれているとは思わず、しばらく店主の呼びかけを無視していた。
「そこのお主。おいっ、そこの冴えないお主」
すると店主は随分と失礼な呼び方で、明らかに俺を見て呼びかけてきた。俺は後ろを振り向いたが誰もいない。 ‟冴えないお主” とはどうも俺のことらしい。
「もしかして俺を呼んでましたか? 気づかなくてすみません」
「あぁ、お主もそのスイッチの虜になったかの?」
「いえ、ただ何かのネタかなと思って見てただけです」
「まぁまぁ、そんな恥ずかしがることでもあるまい。そのスイッチはお主みたいな男にピッタリの商品じゃからの。ちょっとそこで待っておれ」
そう言うと店主は店の中へ戻っていった。
俺はこの隙に逃げ出そうかと思ったが、店の近くに同じ学校の、それもカースト上位の、さらにそれもリア充女子の集団がいて動けなくなってしまった。
リア充女子たちは何が可笑しいのか分からないが、とりあえず『ウケる~』を連発していた。その中心にはひと際目立つ女子がいた。
彼女の名前は《
しばらくして姫たちは『ばいば~い』と言いながら解散した。これで俺もこの店から逃げ出せると思ったその時、あの店主が黒光りする何かを手に持ち俺の前に再び登場した。
「待たせたの」
……いえ、待ってません。ただ逃げ出すタイミングを逃しただけです。
「これがその【オスナスイッチ】じゃ」
店主が持つその黒光りする物体を見て俺は思わず『おぉ~』と反応してしまった。
「ふぉっふぉっふぉっ……、どうじゃ、素晴らしい一品じゃろ? どれ説明を……、ありゃ? 説明書はどこにいったかの? お主これを持ってちょっと待っておれ」
店主は俺に物体を押し付けると、再び店の中に戻ってしまった。またもやその場に残された俺は、とりあえずその物体を観察することにした。
その物体の中央には金色に光り輝くボタンみたいなものがある。俺はどうしてもそれを押したい衝動に駆られたが、得体の知れないボタンをむやみに押すのは危険と判断し何とか堪えた。
だがその時、突然身体に衝撃を受け、俺はその場に尻もちをついてしまった。何が起きたのかと視線を上げると、すぐそばに同じく尻もちをついた姫がいた。
「アイタタ……、あっ! ごめんなさい! 大丈夫!?」
姫はとても可愛らしい声で謝ってきた。このような時、カースト上位のリア充女子は逆ギレするのだろうと勝手に思っていたので、ただでさえ女子に免疫のない俺はその素直な態度にドキッとしてしまう。
「いえ、そっちこそ大丈夫?」
姫の様子を伺いながら立ち上がろうとしたその時、俺の手元で‟ポチッ”と小さな音がした。俺は嫌な予感がして恐る恐る手元を見た。すると地面にあの物体が落ちており、偶然にも俺と彼女の指があの金色のボタンの上にあるではないか。
‟ヤバい!”と思ったが、もう時すでに遅し。次の瞬間、俺と彼女の身体は金色の光に包まれた。
次に目が覚めた時、俺は目の前に広がる光景に驚愕した。
なんと眼下には広大な緑が広がっていた。どうも俺は草原のど真ん中に立っているらしい。その草原の遥か彼方には鋭い稜線の山々が見える。街のざわめきや車の音は全く聞こえてこない。その代わり、なんの生き物か判断がつかない謎の奇声が遠くの方で響き、俺は恐ろしさに身を震わせた。
「こ、ここは一体どこだ?」
俺が恐怖で立ち尽くしていると、足元で『う~ん……』というかわいらしい声が聞こえた。俺は驚きのあまり横に飛びのく。よく見ると、姫が草の上に横たわっていた。
「ひ、姫宮さん、大丈夫?」
姫は目をこすりながら起き上がって周りを見渡した。彼女の顔がみるみるうちに青ざめていくのが分かる。
「……ここ、どこ?」
「俺も分からないんだ。スイッチを押したら金色の光に包まれて……って、スイッチはどこだ!?」
二人で草の上を探す。すると、二人がいる場所から少し離れた場所に黒光りするスイッチを見つけた。
「あっ! あったぞ!」
取りに行こうと駆け出したその時、頭上をとてつもなく大きな影が通り過ぎて行き、それと同時に、まるで黒板を爪で引っ搔いたような不快な叫び声が聞こえてきた。
――キィエェェェェェ!!!!!
「な、なんだ!?」
大きな黒い鳥の様なまたは翼竜の様な謎の生命体は、俺たちのスイッチをさっと嘴に加えると、遠くに見えるどす黒く剣のような山に向かって飛び去ってしまった。
「うわぁぁぁ! スイッチを持っていかれたぁぁぁ!」
俺は頭を抱え、その場で膝をついた。スイッチがないと元いた場所に帰る手段がない。俺たち二人は途方に暮れ、大きな黒い鳥の様なものが飛んで行った方角を呆然と見つめていた。
しばらくして辺りが薄暗くなり始めた。まもなく夜が来るらしい。姫をこんな所で野宿させるわけにはいかない。どうにかしなきゃと立ち上がったところで、俺は聞き覚えのある声に話しかけられた。
「おや? お主たち、こんな所で何をしているのじゃ?」
「て、店主さん!?」
「うむ、いかにも店主だが……。はて、お主は誰かの?」
その声の持ち主は、俺にスイッチを見せてきたあの骨董屋の店主だった。
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